パレス

 パレスと呼ばれているこの建物は、旧 久邇宮(クニノミヤ)邸の御常御殿で、久邇宮邸本館に接続して、現在の図書館付近にあり、1922年3月起工、翌年の関東大震災を経て1924年12月に完工した建造物です(設計者は森山松之助)。 2000年に文化庁による登録有形文化財(建造物)に指定されています。香淳皇后は大正13年1月御成婚の折、本館車寄せ(現クニハウス車寄せ)より宮中に向かわれました。

 総建坪約128坪(422.4m2)千鳥入母屋(イリモヤ)造りの純日本建築で、台湾産ケヤキ・クスノキ・キリ・ヒノキや屋久杉などが用いられ、特に階上のクスノキの床板と ケヤキの大板は一見の価値があります。1階には居間、寝室、化粧間など、2階には書斎、内謁見室などがあり、襖や引戸、格天井は錚々たる日本画家の作品によって彩られています(このうち天井画は、現在東京国立博物館に寄託)。

 江戸時代、本学の敷地と、北に隣接する日本赤十字医療センター・日本赤十字看護大学・広尾ガーデンヒルズとをあわせた一帯は、下総佐倉藩堀田家の下屋敷でした。このうち、本学の敷地には、1917(大正6)年に久邇宮家の本邸が建設されましたが、太平洋戦争後は国の管理を経て、映画会社大映の所有となり、時代劇のロケなどにも用いられていました。聖心女子学院は、この地を1947(昭和22)年末に購入し、翌年4月の大学開学を迎えることとなりました。堀田家当時の遺構としては、南門付近の石垣があり、久邇宮邸時代の建造物としては、正門、パレス、久邇宮邸本館車寄せなどが遺されています。
 1948年聖心女子大学設立に際し、久邇宮家のこの土地を購入した当時、裏門(現在の南門)から階段を上ると、右手に広い芝生があって、その奥に御殿があり、見事な藤棚が横手にありました。丘の上からはさえぎるものは無く、はるか三光町(現港区白金)の聖心女子学院が眺められました。


第1〜3回生とインターナショナル
スクールの生徒(1949年)

 大学創立当時、建物は靴で出入りできるように床はリノリュームを張り、各部屋は教授室、謁見の間は聖堂として、日本間は教室として使用されていました。約60名の学生(1、2回生)は少人数に分かれ授業をうけ、襖(フスマ)越しに隣の授業が聞こえてもさほど気にならなかったそうです。建物を汚すことがないように、インク壺を持ち歩かないというルールを定めた、などといった事が伝えられています。また、プライベート・レッスンと呼ばれて、日本文化を伝承するためにお茶やお華のお稽古の場として使用されていました。1977(昭和52)年頃の一時期には、学生達の学生ラウンジとして使用されたこともありました。

 1949年1号館建築に当たり、この建物は現在の場所に移築されました。 1950年1号館が完成し、大学の機能がすべて1号館に移った後も[パレス]の使用については、幾多の変遷を経てきましたが、1986年大がかりな修復工事がなされ、60年昔の「御殿」の姿がほぼ再現されました。
 また、近年の厳しい気象条件を受けて雨漏りや瓦の落下等が拡大するなど大規模補修が必要な時期を迎えたため、2015年4月から2016年3月にかけて、屋根の軽量化等による補強を含めた補修工事を行いました。本工事は文部科学省の施設整備費補助金の対象事業となっています。
 現在は茶道、華道、書道、日本画、箏曲、鼓、能楽と伝統的日本建築に相応しい学生の情操教育の場として使用されています。

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