留学体験談 (仏語圏)

2014年度 リヨン・カトリック大学

国際交流/M. T. (交換・推薦留学)

 私のリヨンでの1年間は、素晴らしい人との出会いと貴重な経験に終始満ちており、一人の人間としてこれからも大切にしたい多くの価値観を見つけた日々でした。まず第一に私はホストファミリーに恵まれ、フランスの家庭における生きた文化を日々吸収することができました。家庭料理や食卓でのマナーに始まり、一日の時間の流れや休日の過ごし方に至るまで、フランス家庭のありのままの姿を学ぶことは留学生活の醍醐味です。特に私はホストファミリーとの生活の中で、家族の繋がりとバカンスを楽しむ心意気を学びました。週末には家族が集まり長い時間をかけて昼食を共にします。居間での食前酒(アペリティフ)から始まり、食卓では前菜、メイン、多種類のチーズ、デザートといった順番で食事を楽しみ、その間バゲットとワインももちろん欠かせません。フランスの家族を強く結びつけるのは、この食卓での美味しい料理とワイン、そして絶えない会話なのだと感じました。また、バカンスをしっかりと取るフランスでは、この期間に家族が勢ぞろいして旅行に行くことも楽しみのひとつです。私は夏季休暇にホストファミリーの息子さんが住むスウェーデン、姪御さんが住むデンマーク、スペインに共に旅行をさせていただく機会に恵まれ、フランスだけではない、ヨーロッパの文化を広く学ぶことができました。
 大学の語学学部の授業も、私の価値観を大きく広げました。語学を極める授業の為、クラスメイトは多国籍でした。授業中のディベートでぶつけられる意見や、休み時間のお喋りからも各国の個性が垣間見られ、またそれと同時に人種に対する固定概念がなくなっていきました。生徒の年齢層も職業も専攻も様々で、将来の自分の姿を描くにあたっての引き出しが増え、人生には「こうでなくてはいけない」ことなどないのだと学びました。
 また、私はリヨンでの生活で、好奇心を持ってやってみること、壁にぶち当たっても焦らないことの大切さを学びました。バレエを習いに行ったり、一人旅で国内外を歩き回ったり、アパルトマンを探して一人暮らしをしたりと挑戦をしたことは、私を成長させました。その中で、家探しが難航したり、ストライキで列車が走らなくなったり、ひったくりにあったりと困難はありましたが、どんな時も誰かが私を助けてくれ、その度に私の経験値が上がり、強くなりました。ホストファザーに、「なんとかなるから。まずワインでも飲みましょう」と言われた時、眉間に皺が寄っていた心配顔から一転、思わず笑ってしまったことを覚えています。その時、心を柔軟にしていれば、困難の壁はスルスルと登れてしまうものかもしれないと思いました。
 私のリヨンでの1年間は単なる机上の学習、語学の習得だけではありません。人との出会いと挑戦と困難による人間としての成長です。この学びはこれからの私の人生で頼れる武器になると確信しています。

2014年度 リヨン・カトリック大学

国際交流/K. H. (交換・推薦留学)

 私が留学を決めたきっかけは大学一年生の時に、複数の授業で先生方が大学生の間に留学はしておくべきだとおっしゃっていたことです。二年生の終わりから三年生にかけて、留学に行くか迷っているときにこの言葉を思い出し留学を決意しました。普段から周りに頼り自分から動こうとしなかった私にとって準備の段階から不安が多く、こんな私に留学ができるのかと感じることは何度もありました。しかし、国際センターの職員の方や先生方をはじめ両親や友人に支えられ、無事留学準備が出来ました。
 リヨンではホームステイをしていました。家庭に恵まれ、特に困ったことはありませんでした。しかし、言語の面では何度も壁を感じることがありました。当たり前のことですがネイティブのスピードで話しかけられ、一度で理解できないとすぐに英語に切り替えられてしまいもどかしい思いを何度もしました。ホームステイ先にはもう一人コロンビア人の留学生がおり、最初のうちは英語で話すことが日常となっていました。しかし、フランスに留学に来た目的、そして以前オーストラリアにホームステイをして自分の言いたいことがうまく言えず伝えることができなかった後悔を思い出し、流暢なフランス語は話せなくても積極的に使う努力をしました。すると、ホストマザーもなるべくフランス語を使うようにしようと提案をし、それからはほぼフランス語だけの生活になりました。
 リヨンに到着した当初は授業についていけるのか大きな不安がありました。しかしリヨン・カトリック大学では、レベルごとにクラスが分けられているので自分に合ったレベルでフランス語を学ぶことができました。フランス語はもちろん他の国の留学生と話す機会がほんとうに多いので、文化を知ることができたり、全く違う考えや意見を交換することが出来ました。フランス語に関して、リヨンでの四ヶ月の滞在で成長を感じることが出来ましたが留学前にもっと準備しておけばより成長を感じることができたのではないかと後悔しています。
 帰国して振り返ると、準備から留学を終えるまであっという間でした。現在は留学前に感じていた不安を乗り越え、留学してよかったと思えていることが自信にもつながっています。本で読んだり机で学ぶことの大切さはもちろん、実際に肌で感じることはなにより大事なのではないかと思いました。

2014年度 リヨン・カトリック大学

国際交流/Y. O. (交換・推薦留学)

 フランスの古都リヨンは我が心の故郷となり、お優しいホストファミリーは生涯の家族となりました。
 私が半年間のフランス留学を決めた理由は、大学に入学してからフランス語の美しさに魅せられ上達させたいという思いと、今まで周囲の環境に甘えてばかりで何事にも受動的だった自分を変えたいという意志からでした。また、所属していた国際センターボランティアの活動を通して本学の留学生と接していく中で、海外から見た日本を客観的に見つめたいと考えたことも大きなきっかけの一つでした。
 この留学は、私にとって初めての海外生活であったのと同時に、初めて親元を離れて暮らす経験でもあったため、当初は不安や恐怖も少なからず感じていました。渡仏してはじめの1ヶ月間は個人的にパリに滞在していたのですが、ネイティブのフランス語がほとんど聞き取れずすぐに英語で返されてしまうのがとても悔しくて、セーヌ川沿いをよく散歩しながら孤独に泣いていたのを覚えています。それでも、積極的に街へ出掛け美術館や料理教室などに通ったり、少ない友人に頼んでソワレやピクニックに連れて行ってもらったりしながら必死に生活に馴染もうと努めました。どんなに気分が塞ぎ込んでしまう日であっても、一歩外に出れば自分の知らない新たな発見や素敵な出会いがあります。何事にも勇気を出してチャレンジしていくうちに、少しずつ自信へと繋がっていきました。
 10月からはリヨンに移り、ある老夫婦のご家庭でホームステイをしながら大学に通いました。私が通っていたILCFという学部は、世界各国からフランス語を学ぶために集まってきた留学生のために設けられた学部で、フランスの言語や文化に関する様々な授業が開講されています。授業は講義型ではなく、ディスカッションやプレゼンテーションを多く用いた参加型でした。ディスカッションでは、どうしても海外からの学生たちに圧倒されてしまいあまり積極的に発言することはできませんでしたが、代わりにプレゼンテーションで挽回しようと努力しました。フランスの新聞や雑誌、インターネットの膨大な情報から必要な情報だけをピックアップし、分かりやすい言葉に言い換える作業には大変苦労しましたが、自分のプレゼンによってクラス内のディスカッションが熱を帯び、授業後先生に褒めていただいた時の達成感は大きかったです。私の最大の弱点であった会話を鍛えてくださったのは、ホストファミリーとフランス人の友人たちでした。彼らは私の辿々しいフランス語をいつも懸命に理解しようとしてくれましたし、分からない言葉を別の表現に言い換えて説明してくれました。この方たちともっと会話できるようになりたいという熱い思いが学習の大きな原動力となり、日々習った単語や熟語をノートに書いて覚えました。コミュニケーションにおいて最も大切なのは、文法の正確さよりも話し手の伝える意思と聞き手の理解する姿勢だということを学びました。
 フランスはバカンス大国と呼ばれるほど多くの休暇があり、国内のみならず、スイス・イタリア・モナコ・スペインなどへ旅行に行くことも可能でした。留学前、国際交流学科の授業で同じチームとして研究をすすめてきたイタリア人留学生の友人たちとも再会でき、大変嬉しかったです。
 5ヶ月間を振り返り、フランスでしか味わえなかった多くの経験と学び、そして、ホストファミリーや友人たちとの絆を育むことができたことは、私の生涯の宝物です。留学生活で培った学びと精神を、今後何らかの形で社会に活かせるよう努めてまいりたいと思います。
 最後に、お世話になった聖心女子大学職員の皆様、リヨン・カトリック大学職員の皆様、そして、私の留学を温かく見守って下さったすべての方々に心より御礼申し上げます。

2013年度 フランス国立東洋言語文化大学(フランス)

国際交流/Y.T. (交換・推薦留学)

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 まず留学前からの目標の一つであったトルコ語と英語を半年間履修し、単位を取得することができた。フランス語もままならない状態でさらにトルコ語を学ぶことに不安はあったが、授業の内容を全てフランス語で理解することで、フランス語の上達にも大いにつながったと思う。日本ではマイナーである言語を扱っているイナルコならではの経験だった。英語に関しては、日本のように文法を中心に地道に講義をするのではなく、雑誌の記事のような長文を制限時間内に黙読しその後ディスカッションをするという、私には少し厳しいものだった。しかし長文を短時間で読む訓練を毎週したためか、結果的にフランス語の文章を読む速度も少し上がったように感じた。
 フランス語の授業では、クラスの人数が多く国籍も多種多様な分、様々な立場からの政治や宗教に関する意見を聞くことができて興味深かった。一番上のクラスでは、ほとんどがヨーロッパからの学生だったので、レベルの違いに落ち込むこともあったが、毎週皆の前で話したり、プレゼンテーションをするなど、彼らの中に混ざって学ぶことで常に刺激され、モチベーションの維持につながった。特に表現(Expression orale, ecrite)の授業では毎週課題が出され、丁寧に添削されて返ってくるので、続けることで自分のフランス語力のわずかな変化にも敏感に気付くようになった。モーパッサンやカミュなどの文学作品が授業で扱われていたので、日常会話だけではあまり覚えることのない、文語的な表現を覚えるとても良い機会だった。
 日本学部では、和文仏訳(Version)、仏文和訳(Redaction)、大衆文化、知識人史などの授業を履修していた。翻訳の授業、特に仏文和訳は、テキストの内容が日本語でもあまりなじみのないものである上、要約しなければならないので日本語力を非常に問われるものであった。外国語のレベルを上げるには母国語力の高さも必要とされることを毎回痛感していた。大衆文化の授業で扱われた大衆演劇は大変面白く、日本の昔話もテキストの一つだったので、日仏文化を比較するにあたってまさに学びたいことがつまった、母国の文化の素晴らしさに改めて気付かされる授業だった。日本語を学ぶフランス人との交流や、日本の文化や言語をフランス人の視点から客観的に学んだことで、日本という自分の生まれた国を見つめ直す貴重な機会となった。
 そして何よりも、週三回の交換授業は大変役に立った。これは日本人留学生にフランス人学生がパートナーとしてつき、日本語とフランス語を教えあうというものであるが、日常会話で必要な表現を教えてもらったり、レポートを添削してもらったりした。こちらが日本語を教える場合も、普段特に意識せず使っている母語を論理的に説明することに苦労したり、日本語に改めて向き合う良い機会になった。また交換授業のパートナーとは、プライベートでも映画を観に行ったり、一緒に食事をとったりと、今では欠かせない存在になった。この一年間だけでなく、この先も長く交流することになるであろう友達を作ることができたのは、フランス生活で得た大きな財産の一つであると思う。留学する前、私はクラシックバレエ、馬、絵画に関心があると書いていたが、芸術の都であるパリを存分に満喫し、バレエの公演には5回ほど足を運んだ。またこちらでも乗馬を始め、日本にはあまりない乗馬や馬術に関する資料も手に入れることができ、ソミュールの国立乗馬学校を訪ねたことも相まって馬文化への関心がより一層高まった。
 一人で異国の地にいる孤独感に加え、途中マリへの軍隊派遣やアルジェリアの事件などの影響もあり、不安になることも多い日々だったが、それも含めて私にとって大いに成長の一年となった。この一年間で学んだことをこの先、日本に帰ってからの人生に活かしていきたいと思う。

2013年度 リヨン・カトリック大学(フランス)

英語英文学/E.S. (交換・推薦留学)

 私は2013年2月から2014年2月までフランス、リヨン・カトリック大学に留学しました。自分の国を離れ、異なる言語、文化の中で過ごしたこの1年間は人生においてのチャレンジであり、また予期せぬ事が起こるとはどのようなことであるか身をもって知ることでした。外国語習得と異文化交流に元々興味があり、異文化という環境の中で好きな言語の奥深さ、また言語の習得方法について突き詰めてみたいと思ったことが留学のきっかけでした。しかし思い描いたほど楽なものではありません。実際にフランスに暮らし人と接する中で文化と言葉の壁を越えて理解し合うことが口で言うほど簡単ではないということを実感しました。その国の歴史や社会、教育などあらゆる要素がそこに暮らす人の観念、嗜好の基盤を形成していると思います。グローバル化が進み、世界が繋がっている今日でも、生活の中で多々違いを感じ戸惑うこともありました。そしてこれらの違いを過小評価することが危険であることを認識しました。
 リヨン・カトリック大学のI.L.C.F(言語文化研究所)の授業は世界中から様々な理由でリヨンに来た学生により構成されており、毎日多文化多言語との交流があります。その中で日本という国、日本人に対して非常に客観的、批判的な視点を持つだけではなく、自分に対する見方も変化したように思います。今までは心のどこかに自分はいわゆる「大衆」に属していると言い聞かせ安心し、自分の考えや行動に疑いを持つことを避け、行き当たりばったりで物事を済ませる部分あったことに気づかされました。この留学をなくしては得られなかったことでした。
 この1年間を通して最も強く感じたことは目的というものがいかに大切であるかということです。世界中から来ている様々なキャリアを積んだ人々との出会いは刺激的であり、またそれは同時に自分の存在の小ささや視野の狭さに直面するきっかけを与えました。日本人は平和ぼけをしていると言われますが、海外の学生はやはり日本人学生に比べしっかりと人生の将来像を描き目的を持って行動しているという印象を受けます。今では日本人の学生のほとんどが大学に通う時代ですが何のために何を学んでいるのか明確に答えられない人が多いように思います。ふと自分自身心にも問いかけました。ここでの人との出会いが自分を真正面から見つめなおすことを教えてくれたのです。留学生活では自分の行動や考えたことが、その後すぐに自分や周りに影響を及ぼすように思います。身に起こったことを受け入れ、自分で上手く消化しなければなりませんでした。今までには感じたことがない程辛いと感じたこともあります。しかしこれらの体験によって、自分にとってその時何が一番大切なのか意識する癖が付きました。
 これから留学に臨む方には目的を常に失わずに留学生活を満喫して欲しいと思います。おそらく予想もしなかったことが起こると思います。しかし必死に考え行動して得たことは無駄にはならず一生の宝物になるはずです。

2012年度 フランス:フランス国立東洋言語文化大学(イナルコ)

2012年後期・2013年前期 歴史社会学科 国際交流専攻 Y. T. (交換・推薦留学)

 私は現在フランス、パリにある国立東洋言語文化大学に留学中です。1月いっぱいで前期の授業、試験が終了し、現在は後期の授業の履修登録期間です。この大学では主に、翻訳や文学、映画、経済などをはじめとする日本に関する事柄を、フランス語で学ぶことができます。前期履修したものの中で特に興味深かった授業のひとつとして、和文仏訳の授業が挙げられます。この授業は予め配られた新聞などの日本語のテキストを毎週翻訳し提出するのですが、先生によって丁寧に添削された答案が返ってくるので、それを繰り返すことによってひとりで辞書と向き合っているだけでは身に付かないような、「より自然なフランス語で書く」力がついたように思いました。
 そして、この大学名の「東洋」とは、西ヨーロッパで使用されている言語を除くほぼすべての言語を指すので、日本語以外に約90言語の学部・学科が設置されており、希望すれば日本ではなかなか学ぶことのできないようなマイナー言語を学ぶ機会も設けられます。私は前期に日本学部の授業、フランス語の授業に加えてユーラシア学部内のトルコ語文法の授業を履修していましたが、フランス語を使ってさらに他の外国語を学ぶことでフランス語力の向上も実感することができ、フランス国立東洋言語文化大学に留学したからこその非常に興味深い経験でした。日本学部の授業では「留学生」であることが多少考慮され、試験の際辞書使用の許可が出ることもあるのですが、他学部の授業では正規のフランス人学生とまったく同じ条件のもとで試験を受けることになるので、試験前は特に大変でしたが、必然的にフランス人学生との交流の機会も増えたように思います。
 また、この大学の日本学部の留学生向けシステムの特徴として、交換授業制度というものが挙げられます。これは日本学部の先生が日本人留学生1人につき2人選んだフランス人学生のパートナーと1年間、週2,3回ほど個人的に時間を合わせて集まり、こちらは日本語を教え、向こうからはフランス語を教えてもらうというものです。語学学校と違い大学ではフランス人と接する機会が日常的にある上、このシステムによって学生とより強いつながりができるので、仲良くなれば一緒に外出したり、クリスマスなどのイベント時には地方にある自宅に招かれる、ということも珍しくありません。ちなみに、交換授業のパートナーとして選ばれる対象は3年生および大学院の学生なのですが、彼らの中には私たちと同じく翌年に日本への交換留学を控えている学生もいるので、フランス留学中だけでなくこの先も長く交流することになるであろう友達をたくさん得ることができました。
 後期はフランス語のさらなる向上を目指しつつ、映画や経済など、前期で習得したフランス語力を活かせるような少し難易度の高い授業にも挑戦する予定です。

2012年度 フランス:リヨン・カトリック大学

2012年前期・後期 歴史社会学科 国際交流専攻 N. A. (交換・推薦留学)

 私は高等科時代に一度海外短期留学に参加した際、社会に出て行く前に本気で努力をするべきではないのかと疑問を抱くようになったのが1つの大きな理由です。大学で第二外国語として履修し始めたフランス語にも大変魅力を感じ、英語だけでなくフランス語を習得することによりさらに見えてくる世界や、見えてくるものの価値が変わってくるのではないかと考えました。そして1年次に参加させて頂いた海外語学研修でパリに行った際、フランスで勉強してみたいという気持ちがとても強くなり今回推薦留学に希望致しました。

 昨年1月の渡仏直後のフランス語力は決して自慢出来るものではありませんでしたが、恵まれたことに前期のクラスでは私の本来のレベルよりも上のクラスに入れて頂くことができたことが一つの転機となりました。クラスについていくためだけでも、机上の勉強を人一倍努力しなければなりませんでした。その結果、前半期は日々様々なことを吸収していることを常に実感することができ6ヶ月が経った8月頃、漸くその伸びを大きく実感することができました。しかし後半期は伸び悩みとても辛かった時も多かったですが、語学は継続が必要不可欠であるため諦めずに学び続けております。
 また日本にいた際は興味を持っていなかった政治や経済についても、フランス滞在後は常に興味を持つようになりました。知識の量によって考え方も更に深くなりますし、フランス語においては出会う単語が変わってきます。毎日日本だけでなくフランスのニュースもチェックし、興味をもったことに関してはインターネットで大まかなことをまずは理解することから始めました。フランスではいつも議論する為、知識が欠かせません。エッセイであろうと、授業中の意見であろうと、知識のある人はとても強いと感じました。2012年にはフランス大統領選挙や同性婚と養子に関してフランス全土で騒がれていたり、それだけではなく様々な悲惨な事件もあり、常にアンテナを張り続ける大切さも学びました。この1年間で学ばせて頂いたことは私にとって大きな収穫となり宝となっております。

 最初は大学から紹介して頂いた寮で生活をしておりました。フランス人も数人住んでいるようでしたが、寮内では日本人コミュニティがあり、助け合うことが出来る関係を作ることができましたが、逆にフランス語上達において私にとって悪影響の多い環境でありました。また寮の受付で働いている人から嫌がらせを受けたことも多々あり、精神的にも大変辛かったです。その為両親とも話し合った結果、新しい環境に切り替えるために、退寮しホストファミリーと暮らすことにいたしました。リヨン・カトリック大学からとても良いホストファミリーを紹介して頂き、後の半年は大変充実した日々を送ることができました。まるで家族の一員として迎え入れて頂き常に現地の生活、そしてフランス語を吸収することが出来ました。大変感謝しております。
 フランスの制度上、バカンスが多くあった為その休暇を利用してフランス国内だけでなく、イギリスやスペイン、ドイツ、モロッコなどへ旅行に行き、様々な文化に触れ、多くのものを吸収することができたと思います。世界の広さ、宗教や文化の深さ、そして素晴らしい歴史を肌で感じ、新たなる価値観の上で日本を客観視することにも繋がりました。

2012年度 フランス:リヨン・カトリック大学

2012年前期・後期 歴史社会学科 国際交流専攻 T. N. (交換・推薦留学)

 フランス留学を目指したのは高校の時でした。幼い頃から見てきたフランスの市場やお菓子、絵画の写真たちを実際にこの眼に納め、その世界や文化を生きる人たちとコミュニケーションがしたいという小さな願いから始まりました。
 聖心女子大学に入学後は〈聖心異文化交流会〉(SCE)に入り、日本で留学生として学んでいる人たちと出会いました。外国語や母国語を通して会話をはかるというのは難しくもやりがいがあり、留学に対する私の希望をより鮮明にしていってくれたように思います。
 リヨンカトリック大学への留学を決めたきっかけは、フランスの首都ではなく、しかし第三に人口の多いリヨンを選ぶ事でフランスを代表する「都市」を知るのではなく、フランスという国そのものを知りたい思ったことにはじまります。実際には協定校ということで、慣れない暮らしに対してもっていた不安も、整った留学制度のおかげで感じる事なく過ごす事ができました。
 1年間のリヨンでの生活は発見の毎日で、日本で持っていたイメージと現実が重なる瞬間や、日本では決して思い描くことのなかった新たな一面を垣間みることもしばしばありました。日毎に増えていく発見は何もかも刺激的で、一つの見落としもなく吸収できる物は全て、という知的好奇心が留学の日々の原動力につながっていきます。そして得たそのすべてが私の中のフランスをより新鮮で魅力的な国にしてくれました。リヨンに降り立つその瞬間まで、リヨンに対する凝り固まったイメージがなかったことも大きく、全てを疑いや違和感を持つことなく感受できました。
 留学中、私が強い関心を持っていたのはフランスの美の文化です。芸術や建築物は勿論、パティスリーで見る宝石箱のようなお菓子の数々や、服飾、市場の品物の配置といった日常生活にまで美しさを創り出すのは、フランスの歴史をつくってきたフランス人の本能から成せる技だと感動しました。国民の美への関心の水準も高く、心地よい空間をいくつもみつけることができました。またフランス人の時間の使い方については、日本の生活と一番違いを感じた所でもあり、最も愛すべきところでもありました。時間の流れは穏やかで、けれど有意義。自分にとって大切にしたい時間はタスクをこなしながらもしっかりと確保することができます。ゆっくりとした時間の流れに焦りを感じる必要はないと気付いてからは、留学生活がより豊かになったと記憶しています。
 大学の先生方や友人との出会いは知識だけではなく、私の内面を成長する機会を与えてくれました。個人主義の国フランスでは、意見の相違は当然で、それに対するためらいをことごとく取り除くきっかけとなりました。また、たがう意見が重なる際に必須である互いの尊敬の念という根底は大切にしたい部分であり、今後も心に留めてまいります。
 一年間は短いようですが、得た物は多く、成長を自身でしかと感じることのできる悔いのない留学でした。今後の人生にもかけがえのない一期間として私の心に残りつづけることは確かで、この経験を得た自分が今度は何かを与える側になりたい、と今後について新たな目標を立てております。
 この留学を支えてくれた先生方、国際センターの方々、友人たち、家族、そしてリヨンの全ての出会いに心からの感謝を捧げます。本当にありがとうございました。

2012年度 フランス:リヨン・カトリック大学

2012年前期・後期 歴史社会学科 国際交流専攻 M. S. (交換・推薦留学)

 私はリヨンカトリック大学に1年間留学していました。最初フランスに着いたときは、どうしていいか戸惑いばかりでした。東京の学生生活は学寮での生活だったので、フランスでの寮生活もさほど変化もなく生活に関してはそんなに問題はありませんでしたが、時間の使い方にすごく戸惑いました。日本で生活していたときは、バイトして友達とお茶したり授業行ったりと、すごく一日が忙しかったように思います。ですが、フランスでの生活では学校の授業以外にやることがなく自分が何していいかわからなくなりました。1年たった今では上手く時間を使い、余暇にはスポーツやボランティアなど充実した毎日を送れるようになりましたが、初めのころはこの時間をこれから何に使うべきなのか?ということを真剣に考えました。
 この一年間、日本にいるときよりも考えることが多く違う刺激をもらうことも多かったので、こんな世界もあるのだ、こんな可能性もあるのだ、ということを考えました。では実際に私の将来を考えるときにどうしたいのか?私は何を重要視しているのか?そういうことを考えるようになり、それが最終的には就職活動への考える助けになったような気がします。この大学3年生の1年間を留学に費やすかどうかは正直、迷いました。ですが、一年間この時期に留学に来て本当に良かったです。理由は色々ありますが、一番私が伝えたいのはこの大学3年生の今、この時期に来てよかったなということです。また5年10年経ったら来たいと思っていますが、この学生の時期に来れるということはとても大きいことでこれからの人生を考える上での軸みたいなものを考える時に、フランスでの生活によってこんな可能性も広がっているのだ、こんな考え方、生き方もあるのだ。そう思える環境があり色んな人の意見を聞くことがあり、私の意見や考え方も聞いてもらいアドバイスやお叱りを受けることがあって色んな人と関われた1年間であったし、新しい人と会うことに関して何の壁もなくなり、これからどんな人とあえてどんな人のお話が聞けるのだろう?ととても楽しみになりました。
 日本にいる時よりも自己主張をしなければならないということが必要になったため、自分の思考や感情を素直に出すことができ、自分の自然に近い状態で暮らすことができました。これも日本とフランスとの文化が違うため、このままの私をそのまま日本に持ち帰ってはいけないと思っていますが、日本のいいところも含めて自分の中でバランスをとれるようになったのではないかと思っています。また、これからも続く友好関係が持てたということがとても大きな財産となりました。フランスはもちろん他の国籍の人とも関われるチャンスがあるので、これからまたフランスで会おう。アメリカに行ったら連絡するなど、留学だけでは終わらない素敵なお友達ができたおかげでこれからも寂しくなく、お互いを刺激し合える関係が続くことができると思います。
 もし後輩の皆さんが、留学を少しでもかんがえているならば色んな迷いや不安はあると思いますが、少しの勇気を持てばそのわくわくを留学によって大きくすることができると思います。なので、ぜひ一歩を踏み出して、自分の目で体験する留学をこの時期にすることをお勧めします! 

2012年度 フランス:リヨン・カトリック大学

2012年前期・後期 哲学科 A. Y. (交換・推薦留学)

 私は2012年2月から2013年2月までの1年間、フランスのリヨンカトリック大学に留学していました。高校2年時に、1ヶ月フランスの姉妹校に交換留学させていただいたのをきっかけに、大学中1年間フランスへ留学し、自分のフランス語をブラッシュアップさせることが私の目標でした。
 リヨンカトリック大学を留学先に選んだ理由は、後期からの(日本で言う前期)留学を受け付けているため、半年ではなく1年間大学の単位を取りながら留年せずに勉強出来る事、フランス語を外国人に教える機関としてのシステムが整っている事の2つが大きな理由でした。実際、リヨンカトリック大学は授業の質が高く、先生がたはその分野に関してスペシャリストであり、生徒の個人的な勉学上に関する相談にも親身にのってくださいました。また聖心女子大学と長きに渡り提携していることから、聖心生は教務課においても手続きや履修の面でかなり融通をきかせていただき、私自身も希望した学部の哲学の授業を聴講させてもらえました。
 留学する以前の私は、長期留学すれば自然に語学が上達するようなイメージを持っていましたが、実際は全く違いました。分かった事は、ただ留学だけしても勉強しなければ上達はしないと言う事です。長期間その国に滞在すれば誰でもある程度の日常会話は喋れるようにはなるでしょう。しかし日常で話す会話内容は、日本語で考えても分かるようにごく簡単な単語のみで喋れる日常的なことに限られています。よってそれ以上の上達を目指すには授業はもちろんのこと個人勉強の時間が大事であると感じました。リスニング力はラジオやテレビを使って、読解力●語彙力は文法の問題集を、新聞や簡単な本を読んで、会話力は授業や友人との会話で、多方面において総合的にバランスよく努力して行く事が、留学を成功させる上で大切な事だと思います。
 また多くの人が抱えていた悩みが同じ日本人留学生との関係です。彼らは皆同じ目標を持ってきているわけで、支え合うことは海外で生活する上でのストレスを軽減させてくれるでしょう。しかしいつも同じ日本人同士でいては日本語で話してしまうのであって、それはお互いにとって良い結果をもたらさないように思います。出来るだけ自分の身をフランス語の中に置くよう、努力することは必要に思います。留学を終え、現在私はフランスの大学院への進学という新たな目標を目指しています。留学生活は言葉の問題もあって、特に初期の頃は何もかもが思ったように行かないと感じる時もあるかと思いますが、焦らずに一つ一つ解決して行けば、たくさんの出会いや刺激の中で新たな自分の可能性や目標を見いだせる、有意義な1年を過ごせると思います。

2012年度 フランス:リヨン・カトリック大学

2012年後期交換留学 英語英文学科 Y.H. (交換・推薦留学)

 私がこの留学を決めた理由は、自分に幅を持たせるためです。就職難のこの時代に、私のようになんのとりえもない人間が職を得るのは難しいと考え、就職に少しでも有利になるようにと英語圏でなくフランスを選びました。日本には英語を十分にしゃべる人はたくさんいます。だからこそ、英語圏以外の国に住み、言葉を学び、文化を学びながら生活することが必要だと考えました。もちろん、言語以外にも、私が聖心女子大学で学んでいる環境問題や、ジェンダーなどの社会問題を学ぶことも目的のひとつでした。
 留学生活全体を通して感じたことは、やはりリヨンという町を生活拠点として選んで本当によかったということです。何よりも治安が良いこと。そして、アジア人が多く生活しているので、日本食には困らないこと。また、リヨンは気候もよく、時間もゆっくりと流れます。人々も穏やかで、東京という大都会で育った私にはとても新鮮な環境でした。私はSt Bernardという学生寮に住みました。ここは部屋も狭く、トイレ、シャワーは共同です。入り口にはガーディアンがいて、ほかの寮よりも入寮がとても厳しく、部外者はなかなか入れません。その点では安心です。寮生活ということで、色々な人と共同生活するイメージを持っていましたが、実際はアパートに一人暮らしをしているようでした。部屋の外にでてみても、あまり人には会いません。何か約束がない限り、あまり人と交流できないというのが私の印象です。最初はそれをすごく寂しく感じていました。時間がたつにつれて、その状況にもなれ、友達もできたので寂しい気持ちはなくなりましたが、最初はその心細さとの格闘になるでしょう。留学生みんなが感じることです。
 授業も、よいクラスメイトに恵まれたので、とても楽しかったです。毎日授業に行くのが楽しみでした。先生は日替わりで合計3人、全員ネイティブのスピードでフランス語を話します。これも慣れるまでは仕方ないと思います。努力すれば耳はなれると留学中に改めて感じました。私はA2+〜B1クラスでしたが、ここは文法の応用クラスです。B1修了でだいたい新しい文法項目はなくなります。そのため毎日新しい文法を習い、書く練習、聞く練習、話す練習という感じでした。これはとてもよいステップで、毎回少しずつ文法を覚えることで、自分がより多様な内容を話せるようになることを自分でも自覚できました。平日は毎日学校と家の往復のようでしたが、それでも充実していたように思います。
 フランスという国に生活していて日本との違いや、衝撃をうけることも多かったです。例えば物乞いする人があまりにも多いこと。大通りにはリヨンにもたくさんの物乞いや、ホームレスがいます。日本ではあまり見ないので、衝撃的でした。また、他民族国家であること。フランスは特にアラブ系民族が多く住んでいます。彼らは歴史的問題から今も白人から差別された身分です。そのため、やはりアラブ人街は治安も比較的悪いです。フランスは本当に階級社会だと思います。それは留学生である私たちも例外ではなく当てはまります。特にアジア人は皆中国人と思われているため道を歩いているだけで、中国人と声をかけられます。あまりにも単純で、現代では考えられないと思うかもしれませんが、これが現実です。この事実を知ったことだけでも、私が留学にきた意味はあったと感じています。最後に、後輩の皆さんには、言語の勉強よりも日本を理解し、他国の人にうまく説明できるように勉強してから留学にいってほしいと思います。言語の勉強は現地でできます。それよりも、ほかの国の人どれだけ交流し、自分なりに自国と異文化を理解することの方が大切だと感じます。たった5ヶ月でしたが、毎日が刺激的でした。この留学は私の人生の宝です。

2012年度 フランス:リヨン・カトリック大学

2012年後期交換留学 日本語日本文学科 S.K. (交換・推薦留学)

 私はリヨンカトリック大学に半年間留学しました。留学で得たもの、それは多くの人との出会いでした。人生の中でこれほど人との関わりの大切さを強く感じた事はありませんでした。私は大学からフランス語学び始めて2年間も勉強していたものの、フランスに到着してからのレベルは一番初歩からのスタートでした。語学が思うように上達しない中、時間だけが過ぎてゆき、辛く感じる時期も多くありました。ですがその中で友人の存在はとても大きかったのです。私が不器用ながらも充実した留学生活を送れたのは、クラスメイトであったり、勉強方法をアドバイスしてくださった先生であったり、日本から応援してくれる家族のおかげでした。12月が私にとって一番辛い時期でしたがクリスマスバカンスの時フランス人家庭にホームステイした事は忘れられません。
 また消極的だった自分を変えていく大きなきっかけともなりました。留学中、友人と小旅行やフェット(友人同士の小さなパーティー)をする機会が良くありました。以前なら断っていた私ですが、様々な行事に参加する中で、積極的に柔軟に対応することができるようになりました。また日本食を披露する機会も多くあり、自国の食事を作ることがとても大切な交流であることも感じました。留学で変わった物は語学力だけでなく、自分の価値観や優先順位であると感じます。短い留学生活の中、何が大切なのか常に考えていました。時には自分の判断を後悔することもありましたが、新しいことに挑戦する事によって、少しずつ自分の成長を実感する事ができました。
 そして自分がなぜ留学したのか、と思い返すと、それは自分を変える為でした。常に自信がなかった私は留学をして新しい自分になろうとしていました。ですが、大切なことは自分を否定するのではなく、認めてあげることだという事が少しずつ分かってきました。留学をすると、日本人でも色々な考え方をする人に出会いますし、留学生でもそうです。真面目になんでもこなさなければいけないと考えていた私にとって、自由に生きている姿は新鮮でした。そんな友人たちと関わることによって世界が広がると同時に、自分はまだ小さい世界しか知らないのだと実感します。たった半年の留学でしたが、私にとって本当にかけがえのない経験となりました。私は留学をする事を目標としていましたが、これが自分の中でスタートになったようにも感じます。これから先、自分がどのような人生を送りたいのか、考える良い機会となりました。
 そして支えてくださった全ての人に感謝したいと思います。

2011年度 フランス:仏国立東洋言語文化大学 (交換・推薦留学)

2011年度後期留学 歴史社会学科人間関係専攻 3年 A・O

 交換留学生として2011年8月01日〜2012年3月30日INALCO(フランス国立東洋言語文化大学)に通わせていただきました。INALCOでは日本学部に所属し、主に、和仏翻訳、仏和翻訳の授業のほか、日本の大衆文化、現代社会、新聞読解などの授業をとっていました。
在学当時から「フランス人と一緒に学びたい」という気持ちが抑えきれず、この留学を決意しました。私は今までに、本学の語学研修を利用し、2回、イギリス、フランスと短期留学した経験がありますが、現地の学生と全然関われなかったという心残りがあったので、フランス人と共に大学で学ぶことができる、大学への長期留学を決心しました。
INALCOでの生活は、毎日充実していました。INALCOは日本学部があるからか、私が大学のカフェテリアで勉強していると、「日本人の方ですか?ちょっとこの問題わからないんですけど…」とまったく知らないフランス人に毎回のように聞かれ、日本語を教えてあげることもめずらしくありませんでした。私の周りの人の「学びたい」という気持ちにとても刺激を受けました。自分が日本にいたときは、はたしてそうだったであろうかとふりかえり、反省することもしばしばありました。
パートナー制度というものがあり、一週間に二人のフランス人の人と、時間を決め合って、ディクテや自分が弱いところを教え合うということもしていました。個人的に弱いところも一対一で見てもらえるので、自分自身も教えていくことで成長できたような気がします。
「どんどん間違えよう」という気持ちで、間違っていてもとにかく、違う言葉に言い換えて、様々な人と意見交換しあいました。今では、その意見交換が卒業論文にとても役に立っています。
いままでに自分が培った言語能力をいかし、表現する力が必要になりました。もちろん、高いレベルを要求されましたが、使って勉強することで、各段にレベルが上がったような気がします。自分で書くと、とても幼稚な文章になってしまい、どうしたら自然なフランス語を身につけられるのか留学中はとても悩みました。わからないことがあったら必ずフランス人に相談し、お互い、添削し合ったりしていました。フランス人と共に勉強することで、フランス語を書く時にどのようなことに注意して書いているのかということもわかりましたし、フランス語でフランス語を考えるという思考が身につきました。
フランス人と共に同じ授業を受け、同じテストを受けるという経験を通し、一緒になって勉強することで、自分のフランス語能力が上がってくということを自分自身でも実感するまでになっていました。そこには8か月前には想像もしなかった自分の姿がありました。

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