研究室・ゼミ紹介:扶瀬 幹生(ふせ みきお)准教授

■専門分野

アイルランド文学


■著書・論文・校訂
●"The Letter and the Groaning." How Joyce Wrote "Finnegans Wake":
  A Chapter-by-Chapter Genetic Guide. Ed. Sam Slote and Luca Crispi.
  Madison: U of Wisconsin P (2007).
●"Emendations to the Transcription of Finnegans Wake Notebook VI.B.29, VI.B.25,
  VI.B.3."Genetic Joyce Studies 3 (2003) and 5 (2005).
●「ジョイスとサイバースペース」 『英語青年』150.10 (2004).
●I AM in the Wake: The Questions of Identity in "Finnegans Wake."
  Tokyo: Contents Works, 2001. ほか

■ゼミの特徴

日本では珍しいアイルランド文学のゼミ。英語で書かれた近・現代のアイルランド作家の作品を、特にジャンルにこだわらずに読んでいます。これまでゼミ生が書いた卒論には、 Jonathan Swift, Bram Stoker, Oscar Wilde, W. B. Yeats, James Joyce, J. M. Synge, G. B. Shaw, Sean O'Casey, Samuel Beckett, John B. Keane, Brian Friel, Seamus Heaney 等の作品研究があります。


■学生によるゼミ紹介
◎長嶋 さん
(2002年3月卒業。2003年10月アイルランド国立ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン修士課程修了。)
私は2000 年度、2001 年度の二年間、扶瀬先生のゼミでアングロ・アイリッシュ文学、主に 20世紀の芝居を勉強しました。専攻し始めた当時はアイルランドについて全く知識がなかったのですが、逆に先入観にとらわれることなく、自由に読み始める事ができたと思います。また、アイルランドでは 19世紀後半から文学活動が特に盛んになったので、多くのものが比較的読みやすい英語で書かれているという印象を受けました。
アイルランド文学の最大の魅力は、イギリスの支配と、すさまじい自然にはさまれた、弱者の立場であったにもかかわらず、それらをものともしない自由で生き生きとした発想と描写、また、島国独特に発展した、大陸とは異なる口承文学による神話や迷信が、ストーリーの中に豊富に散りばめられているところだと思います。 19世紀後半の文芸復興運動によって、今まで抑圧されていたものが、一気に噴き出したような感じがします。
■写真: ダブリン南郊
 Sandycove の海岸

例えば、シングの作品 Riders to the Sea では、自然の脅威の前で次々と死んでゆく男達の様子が生々しく体当たりで描かれている一方、それを受け止め、あきらめる女達が、悲しげに、しかしたくましく描かれていると思います。また、 The Playboy of the Western World では、話し上手なら、嘘をついても許される、むしろ話が上手であれば英雄にもなれる、というアイルランド独特の口承文化を垣間見ることができて面白いと思いました。オケイシーの作品になると、今まで自然に飛び込んでいった若者達が、今度は独立戦争に身を投じるようになります。 Juno and the Paycock は、おしゃべりを楽しく描くキッチンコメディでありながらも、内戦の影がいつも忍び寄り、そしてついには息子が殺されてしまう悲劇的な作品ですが、喜劇と悲劇の緊張した絶妙のバランスが、私にはとても新鮮でした。

また、アイルランドには独自の神話や妖精、霊的なものを盛り込んだ話が多くあり、例えば、イェイツは On Baile's Strand で、アルスター地方に伝わる古代英雄伝を題材に芝居を書いています。現実と神話の世界、また虚構の世界が、対立するよりもむしろ溶け合って同時に存在している、そしてそれが矛盾することなく受け入れられている、という事が面白いと思いました。

ベケットの作品では、 Krapp's Last Tapeと Waiting for Godot, Happy Days を勉強しました。どれも、起承転結の筋、舞台装飾がほとんどない芝居です。作品が多くを語らず、与えられた「間(ま)」の中で自分なりの解釈を探す事が、大変ですがやみつきになる面白さだと思います。

ゼミのとてもいいと思った点は、 3年次ではアイルランド芝居を 11作品を幅広く読み、少人数になった 4年次になってから、4作品をじっくり読んでいったところです。ある程度アイルランド文学に触れてからの 4作品の精読は、より分かりやすく、とても充実したものになりました。 4年次の後期は英語での授業だったので、卒業後の留学で、ネイティヴとのディスカッションにとても役に立ちました。
実際にアイルランドで生の芝居を観ながら勉強をしてみたいと思い、私は卒業後ダブリンに来て、現在、University College Dublin の MA in Anglo-Irish Literature and Drama のコースで勉強しています。アイルランドはイギリスの陰に隠れている孤島のイメージがありましたが、実際にこちらに来てみると、EU 圏の一国家であり、さら好景気の波に乗って、様々な国から労働者、留学生が来ている、島国であって、大陸に属す、国際的な国であるといえます。クラスメートの中には、アメリカなどに移住したアイルランド人の血を引く、アイリッシュのパスポートを持った学生が何人かいて、郷愁を感じて自国の文化を学びに戻ってきたそうです。世界へ散らばって、また集まる、アイルランドは、多くの人種、文化が混在する多元的な国になりつつあると思います。
■写真: 夕暮れのUniversity College Dublin
 キャンパス


アングロ・アイリッシュ文学を勉強する時に一番大変な事は、作品の書かれた背景を理解しようとする事です。 19世紀のジャガイモ飢饉、1949年に完全な独立国となるまでのイギリスとの対立、アイルランドでの内戦、また独立後のイギリスとの緊張した関係、特にイギリス領にとどまった北アイルランド 6州をめぐるカトリック、プロテスタントの抗争など、アイルランド国民は常に何かに脅かされながら必死に生きてきました。戦後の平和な社会、また宗教紛争とは別世界に生まれた私にとって、彼らの壮絶な歴史的背景を理解しようと努める事が、一番難しい事です。

アイルランドは 20世紀に 4人のノーベル文学賞受賞者を生み出した国ですが、今日でも、多くの国民が文学を愛しているように思えます。ダブリンの街中には作家達の銅像があちらこちらに立っており、いくつもある劇場では次々と新しい芝居が上映されます。また詩人や小説家による Reading、いわゆる読書会が至る所で開かれており、国民にとって、作家がとても身近な存在のようにも感じられます。文学作品の作家の多くが存命であり、私たちがよく知っている歴史とともに、現在進行形で作品と関わっていけることは、とても贅沢な事だと思います。
( 2003年 5月 ダブリン )