学生インタビュー(2014年度)

自分にできる社会貢献の形を見つけ、
社会や周囲の人々に還元できることを探していきたい。

俣野 菜摘
Natsumi Matano
日本語日本文学科 2014年3月卒業

 発展途上国へのボランティア活動に積極的に関わるなど、昔から国際社会への関心は人一倍強かったと思います。聖心女子大学には難民支援学生団体SHRET があると入学前に知り、世界で起きている問題に日頃から関心を向けるという環境に魅力を感じていました。入学後さっそく活動に参加し、主にSHRET祭を担当したのですが、このつながりから国連UNHCR 協会で、国際的なシンポジウムの受付係など、ボランティアをさせていただくチャンスに恵まれました。尊敬する緒方貞子氏にもお目にかかることができ、意識が高まったのを覚えています。

 一方、幼い頃から青年海外協力隊に憧れていた私にとって、日本語教師という発展途上国の人々のニーズに応える専門性を身に付けることは、長らく思い描いていた夢でした。日本語日本文学科を選んだのは、日本語教員免許の取得を念頭に置いていたからです。同時に、国際問題を考える際には、まず日本人として自国を理解し、正しい認識と誇りを持つことが第一との考えもありました。

 日本語教員を目指すにあたって、外国語学習者の視点に立ち続けるために、スペイン語、韓国語と第3外国語まで学びました。また、教師として関わる機会を自分で作ろうと、2年次にカンボジアでの日本語教師ボランティアツアーを単独で企画したことがあります。初めての途上国に不安がなかったわけではありませんが、夢に近づく第一歩だと思い、敢行を決意しました。高校時代のボランティア仲間に声をかけ、勉強会を開催したり、授業計画を分担したり、現地に詳しい方に相談するなど準備に半年をかけました。皆を誘った責任もあり主体的に取り組んだ結果、互いに信頼関係を築くことができ、また、現地の人々は想像以上に親日的でしたので内容の濃い活動が出来ました。その中で、小さな男の子が「国のため」に環境省に入りたいと話していたのには目が覚める思いがしました。ツアーの企画と実行によって、人と真摯に向き合い、自分にできることを探す姿勢が身についたと実感しています。

 実はその後、私は本格的に青年海外協力隊への応募を考えて、実際に日本語教員課程の先生や青年海外協力隊のOB・OG の方、JICA の方々にお話を伺いました。そして、目標とする社会の関わり方や自身のライフプランなど、自分なりに熟考した結果、日本語教師という仕事には国内のボランティアとして携わろうという結論にたどり着きました。国内外で日本語教師のボランティア活動を経験してみて、職業としてではなく、むしろボランティアとしての教師にこそ存在意義があるのではないかと私は考えたのです。卒業論文においても、「日本語教師のボランティアが抱える問題〜札幌市の例から考える〜」と題し、この問題を取り上げています。ボランティアとして日本語教師に関わるという決意もまた、できることは何か、じっくり自分と向き合った結果でした。

 3年次に就職活動を開始する際、私が定めたのは「社会に豊かさと安心をもたらす仕事がしたい」「情熱と誇りを持って自己成長し続けたい」という2本の軸です。途上国でのボランティア経験は「世界の中の日本」を強く意識するきっかけとなり、日本語教員課程での学びは「相手の立場に立ったものの考え方」を培うことができました。聖心での学びのすべて、行動したことのすべてが、現在の私を形づくっています。

 定めた軸が支えとなり、卒業後は豊かさの根底である国民経済の健全な発展を支える日本銀行に就職します。一人の女性として国際社会に対する問題意識を常に持ち、広い視野と柔軟な対応力を身につけて、重大な国力である経済の発展に微力ながら貢献できればと願っています。


日本語教員課程の集大成としての日本語教育実習。


カンボジアのNGOスクールにて。


SHRETの他、3年間、聖心祭実行委員会に所属し、公演セクションを担当。執行学年である3年次では無事コンサートを成功に導き、仲間の大切さを実感した。

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