世界史コース概要

世界史コースはこれまでの西洋史専攻、東洋史専攻を統合させ2013年度よりスタートしました。この専攻では歴史を広く、深く学ぶことができ、洋の東西にかかわらず世界のいろいろな地域について自身の学びを追求することができます。
ゼミや文献講読の授業では、英語、中国語、フランス語、ドイツ語など、様々な地域の言語を用いて学習することで、外国語のレベルアップはもちろんのこと、日本語以外の様々な言葉で歴史を学ぶことができます。
各講義の内容も幅広いため、興味関心に応じて様々な講義を受講することが可能です。

【2年生】

2年生は世界史演習Ⅰ-1・2という前後期2つの演習で世界の諸地域の歴史の基礎を学びます。また、世界史文献講読の授業では、英語または中国語・フランス語・ドイツ語のうちから一つ選んで、やさしい外国語のテキストを読む力をつけていきます。


【3年生】

3年生は東アジア史、西アジア史、フランス史、ドイツ・オーストリア・東欧史、イギリス史、アメリカ史の6つの中から所属ゼミを決定し、その地域の歴史をより専門的に学びます。複数のゼミを掛け持ちすることもできます。4年次に向けて、それぞれが興味関心のあるテーマを探し、研究に取りかかります。


【4年生】

2年次、3年次に学んだ知識、語学力を活かし、選んだテーマについての研究を深めます。12月の卒業論文提出に向けて、所属ゼミ教員の指導を受けながら、ゼミ仲間と意見を交わし合い、論文を執筆します。

世界史コース写真館

ティモシー・スナイダー教授 講演会 「ブラザーランド-諸国民の起源-」

2017年 1月13日(金)に、宮代ホールで、イェール大学歴史学部ティモシー・スナイダー教授の講演会が開催されました。

史学科世界史コース 印出ゼミ(ヨーロッパ中世史)
学外研修(東京都庭園美術館「メディチ家の至宝 ルネサンスのジュエリーと名画」展)

2016年6月23日、史学科世界史コース 印出ゼミ(ヨーロッパ中世史)の学外研修として、目黒の東京都庭園美術館で開かれている 「メディチ家の至宝 ルネサンスのジュエリーと名画」展を見学しました。事前にルネサンス期イタリア社会のジュエリーの役割について学んだ後、1時間20分程度の時間をかけて見学しました。なお、会場の庭園美術館は1930年代アールデコ建築の傑作として国の重要文化財に指定されています。

史学科世界史コース 印出ゼミ(ヨーロッパ中世史)
学年打ち上げ・卒業生追いコン(東京ディズニーシー)

史学科印出先生のゼミ(世界史演習 Ⅱ,Ⅲ-2・ヨーロッパ中世史専攻ゼミ)で、学年の打ち上げと卒業生の追いコンをかねて、ディズニーシーを訪れました。ヨーロッパの歴史的な町並みを再現した箇所の見学はとくに興味深いものでした。またこのゼミの卒業生で、現在オリエンタルランドに勤務しておられる先輩にもお会いし、色々と有益なお話をうかがうことができました。

ウィーン大学教授講演会およびソプラノコンサート

2015年6月28日、聖心女子大学マリアンホールにて、ウィーン大学オリヴァー・ラートコルプ教授による講演会、およびウィーン国立歌劇場歌手リディア・ラートコルプさんによるソプラノコンサートが開催されました。
[講演会主催:JSPS科研費・基盤研究(B)「異文化交流と近代外交の変容」(代表:桑名映子)、コンサート後援:オーストリア大使館]

初風緑先生(元宝塚歌劇団)による演技指導風景

2015年度の「ヨーロッパ現代史I」では、学生が歴史上の人物の役を演ずることで歴史に関する理解を深める「ロール・プレイング」の手法を取り入れた授業を行いました。演技指導については、宝塚歌劇団のご出身で、指導者としても長い経験をお持ちの初風緑先生にご担当いただき、学生たちにとってたいへん貴重な機会となりました。


世界史コース ゼミ紹介

教員紹介

卒業論文リスト


味岡徹ゼミ(東アジア史ゼミ)

◆◆味岡ゼミ(東アジア史ゼミ)は何をめざすか?

味岡ゼミは、東アジア・東南アジアに研究関心をもつ方のためのゼミです。 東アジア・東南アジアにはさまざまな歴史と文化が存在し、東方コース・ゼミ生の皆さんの関心もさまざまです。ゼミ生の皆さんが自身の関心にそって自由に研究し、その成果をゼミで発表しあい、また討論しあって、これらの地域への理解を深めることがゼミの主な目的です。

◆◆担当する2-4年生用ゼミ、文献講読の中身は?

世界史コース2年ゼミ(世界史演習Ⅰ-1、Ⅰ-2)(2016年度)

2016年度は前後期とも日本語で書かれた中国の通史書を読みます。そして受講生の皆さんにいずれかの章(時代)を選んで発表をしていただき、自由な討論をします。

■世界史コース2年生用文献講読

2016年度は担当しません。2015年度は世界史とりわけアジア史に関するやさしい英語文献を読みました。

〈使用英語文献〉
Charlotte Hurdman(ed.), World History Encyclopedia, Barnes & Noble, 1998.

3年ゼミ

3年ゼミ旅行(2013年)

■3年ゼミ(世界史演習Ⅱ-1)(2016年度)

世界史3年生用の演習です。世界史4年生との合同ゼミです。
東アジア近代史に関する日本語の研究文献を読むことを中心にし、補助的に中国近現代史に関する英語の研究文献を読みます。また卒業論文に結びつくような自由テーマの研究発表を行い、研究方法を実践的に学びます。

〈使用文献〉
(1) 三谷博・並木頼寿・月脚達彦編『大人のための近現代史19世紀編』、東京大学出版会、2009年10月。
(2) Jonathan D. Spence, The Search for Modern China, 2nd ed., W. W. Norton & Company, New York, 1999.

■4年ゼミ(世界史演習Ⅲ-1)(2016年度)

世界史4年生用の演習です。世界史3年生との合同ゼミです。
卒業論文テーマに関する研究発表を行い、ゼミ生間で批評し合います。また卒業論文テーマに関する過去の優れた研究文献を読んで、その紹介と批評を行います。こうした批評を通じて卒業論文の書き方を学びます。

〈使用文献〉ゼミ生が選んだものを読みます。

■ゼミ生によるゼミ紹介

 味岡徹先生のご指導のもと、中国や朝鮮半島を中心とした近現代の東アジアの社会、政治、文化などを学んでいます。
 英語文献の読解や日本語文献の読解と発表を通じ、東アジアが現在に至るまでの歴史的過程を深く学ぶことができます。先生からの丁寧な解説、ゼミ生同士での意見交換、映画鑑賞や博物館見学などを通じて、日々新しい発見をすることができます。
 東アジアの国々の意外な一面を一緒に追究しましょう!!(2015年度3年 永崎)

◆◆弥生会(「東洋史」「東アジア史ゼミ」「西アジア史ゼミ」同窓会)については、下記メール・アドレスにお問い合わせください。
yayoi-kai#u-sacred-heart.ac.jp
(スパムメール対策のため#を使っています。お手数ですが上記のメール・アドレスをコピーした上で、#を@に変えて送信してください。)

◆◆東アジア史ゼミ(東洋史東方ゼミ)の近年の卒業論文

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※各年度ごとに卒業論文を紹介しています。下記の各年度をクリックすると詳細な内容が表示されます。

■2016年度卒業論文

・2016年12月に提出された論文8篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

・紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●遠藤「毛皮貿易の世界史」

(1)世界商品の一つである「毛皮」をめぐって繰り広げられてきたヒトやモノの動きや、それが歴史にどの様な影響を与えたのかについて述べた。

(2)佐々木史郎『北方から来た交易民―絹と毛皮とサンタン人』(NHKブックス772)、日本放送出版協会、1996年。 木村和男『毛皮交易が創る世界―ハドソン湾からユーラシアへ』岩波書店、2004年。

(3)毛皮がいかに重要な資源であったのかということや、中国が大きな毛皮市場であったこと、毛皮貿易が現在のアメリカとカナダの原型を形作った大きな要因の一つでもあるということなどが分かった。毛皮貿易の歴史を、長いスパンで複数の国の視点からまとめるのは大変であったが、その分、俯瞰的な視点が養えたのではないかと思う。

●藤井「ベトナム帰還兵の戦争神経症」

(1)本論では、ベトナム帰還兵に焦点を当て、「戦争加害者」の視点から戦争の特殊性とベトナム戦争の社会的意義について追究した。また、ベトナム帰還兵の多くが発症した戦争神経症に着目することで、そこから浮き彫りにされた戦争の実態とアメリカ社会が行った戦後対応の問題点を考察した。

(2)白井洋子『ベトナム戦争のアメリカ―もう一つのアメリカ史』刀水書房、2006年。
吉澤南著『ベトナム戦争―民衆にとっての戦場』吉川弘文館、2009年。

(3)結論として、戦争には「人を加害者と被害者両方の立場に立たせる」という特殊性があると考察することができた。そして、ベトナム戦争は、戦後の帰還兵の受容と社会の再構築に社会からの公的支援が不可欠であることを示唆した点で、社会的意義があったと考えられた。この論文を書き終え、私は戦争を経験していない者だからこそ、歴史から戦争を学び考えることが重要だと感じた。

●福澤「清の民衆と義和団事件」

(1)1900年、民衆の反乱が清王朝までも巻き込み、侵略を狙う列強諸国と戦った熱狂的な民衆蜂起として有名である義和団事件。列強諸国の中国進出が、清朝末期の民衆にどの様な影響を与えたのか明らかにすることを目指した上で、義和団とはどのようなものであり、義和団運動がどのように展開していったのかを論じた。

(2)小林一美『義和団戦争と明治国家』汲古書院、1986年。
佐藤公彦『義和団の起源とその運動』研文出版、1999年。

(3)私はこの論文を書き終え、義和団は、祖先信仰や英雄物語などの伝統文化に依拠して民衆の気力を高め、戦うことで、中国北部の外国勢力にも衝撃を与えたことを知った。この義和団事件から、民衆は時代を反映する、歴史を支える担い手であることが分かった。しかし、最終的に弾圧されてしまうことから、世界の中でも、特に中国において、民衆が国家の方向性を決めることは容易ではないことを理解した。

●三浦「歌仔戯の形成と変容―中国大陸と日本との関係から―」

(1)台湾の伝統演劇の1つであり、台湾オペラと言われ、人々に親しまれている歌仔戯について、誕生から現在に至るまでどのように形成され、変化をしていったのか、中国大陸からの演劇技法の伝達と、日本植民地時代に焦点を当て、論じた。

(2)国立編訳館編/蔡易達・永山英樹訳『台湾を知る』雄山閣出版、2000年。
楊馥菱『台湾歌仔戯史』晨星出版、2002年。

(3)歌仔戯は、中国大陸からの演劇の影響を強く受けていることを知った。また日本植民地時代では日本風の劇に編成されるなど、歌仔戯誕生後においても多様な変化を遂げて現代に至っていることも研究を通じて知り、大変興味深く感じた。私は今後歌仔戯の種類や技法を始めとして、さらに詳しく研究したいと思った。

●永崎「清末女性の西洋観」

(1)東アジア世界に西洋の勢力が流入した清末中国において、近代化の様子を女性の視点から見ることを課題とし、新旧文化の入り乱れた社会変化と当時の西洋文化観の一側面を、中国最初の女性による旅行記、単士厘(ゼンシリ)著『癸卯旅行記』から考察した。

(2)銭単士厘著/楊堅編『癸卯旅行記・帰潜記』湖南人民出版社、1981年。
鈴木智夫訳註『癸卯旅行記訳註―銭稲孫の母の見た世界―』汲古書院、2010年。

(3)単の旅行記は、伝統中国と西洋との接触の様子を実際に観察し、西洋からもたらされた文化、思想、技術の受容や、日本の近代化の成果を参考に記されており、清末女性の近代化意識の芽生えの先頭を走っていたと言える。伝統中国社会において教育を受けた単士厘という一人の清末女性の高い考察力や意見に、驚かされると同時に深い感銘を受けた。一方で彼女は、1903年のこの東京からサンクトペテルブルクまでの旅行の各訪問国を、完全な文明国としては評価していない。彼女の西洋観の理想を明確に理解するため、複数の著書にあたるべきことには、引き続き検討の余地がある。

●太田「纏足について」

(1)前近代中国の女性たちが足を縛り小さくした纏足という習俗について、その起源や纏足を施した理由、また廃れた背景を論述した。

(2)高洪興著/鈴木博訳『図説纏足の歴史』原書房、2009年。
呉存存著/鈴木博訳『中国近世の性愛―耽美と逸楽の王国』青土社、2005年。

(3)前近代中国で成立した纏足と呼ばれる習俗は当時の女性の願いが一心に込められたものであった。習俗の誕生も終焉もそれぞれ意味があることがわかった。論文を執筆するにあたり歴史を学ぶ楽しさを改めて実感することができた。

●末次「金官国初代国王妃とインドの関係」

(1)古代朝鮮半島南部に存在した加耶諸国の一つである金官国の初代国王首露王の王妃許黄玉は、インドから嫁いで来たという伝承が13世紀に編纂された三国遺事に記述されているが、史実か史実でないのか自分なりに研究した。

(2)一然著/金思燁訳『完訳:三国遺事』(全)、六興出版、1980年。
高濬煥著/池田菊敏訳『「伽耶」を知れば日本の古代史がわかる』双葉社、1999年。

(3)許黄玉がインドから嫁いだという証拠が不十分であることからこの伝承は史実ではないと結論付けた。天孫降臨した王と神の導きによってインドの聖地から嫁いだ王妃という2人の出自の釣り合いを考慮し、作られた神話であると考えた。
古代の出来事であるため、史料や物証が少なく研究材料となる文献を見つけるのに苦労した。

●烏「内モンゴルの近代学校教育と日本」

(1)20世紀初頭、内モンゴル人自身が学校を開き、日本から教員を招くなどして近代的な学校教育を開始した。その後内モンゴルの学校教育は1930年代に一層普及し、モンゴル人の子供たちの就学率が上がり、女性も近代的な教育を受けるようになった。この過程がどのようなものであったのか、また日本がそれにどう関わったのかを考察した。

(2)内蒙古文史資料委員会編『内蒙古文史資料』第32輯、新華出版社、1988年。

(3)本論において、1900年代から1940年代前半までの内モンゴルにおける近代学校教育の誕生と変容過程を検討し、日本と内モンゴルの深い関わりを明らかにすることができた。自分の民族に関わる歴史を研究して多くの発見があった。

■2015年度卒業論文

・2015年12月に提出された論文5篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

・紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●木原「中国近現代の女子教育」

(1)古代から教育上の男女不平等があった中国での女子教育の発展過程を明らかにし、女子教育が中国社会にどのような役割を果たしたのかを論述した。

(2)崔淑芬『中国女子教育史』中国書店、2007年。
   佐藤尚子『中国ミッションスクールの研究』龍渓書舎、2010年。

(3)中国における近代女子教育の発展の中で、ミッション系女子教育はその導入者としての役割を果たし、女子教育に対する国民的感覚を呼び覚ます役割を担っていたことがわかった。

●桐ヶ谷「秦の始皇帝と帝国―3つの観点から読み解く―」

(1)中国の長い歴史の中で、初めての帝国を築き上げ、初めての皇帝を名乗った始皇帝。彼がどのような人物であり、どのような想いを持って秦帝国を築き上げたのかを理解することを目的とし、始皇帝の行った政策、陪葬坑として残されている兵馬俑坑、不老不死の死生観の3つの観点から、それを読み解き、考えをまとめて論じたものである。

(2)NHK取材班『NHKスペシャル―始皇帝』、日本放送出版協会、1994年。
西嶋定生『西嶋定生東アジア史論集』第2巻(秦漢帝国の時代)、岩波書店、2002年。

(3)私はこの論文を書き終え、始皇帝の想いを理解する鍵は、彼の最大の特徴である人間性にあると考えるようになった。始皇帝に対する評価がとりわけ良いものではないにもかかわらず、彼が単なる「絶対的権力者」として語られることが少ないのは、民衆と帝国への想いが存在し、人間としての強さと弱さの両方が見え隠れしているためではないかと理解したためである。国は違えど、彼のただならぬ強い想いを感じると同時に、史料から読み解く歴史の楽しさも再確認することができた。

●山田「朝鮮王朝時代における韓国食文化と儒教―『回婚禮帖』を例に―」

(1)儒教国家である韓国の食文化、特に儀礼食に焦点を当てることで、朝鮮王朝時代における韓国食文化に、古くから儒教が根付いていた事実を明らかにしようと試みた。その儀礼の具体例として、回婚礼を描写した「回婚禮帖」を取りあげ、韓国における儀礼とその食事に、儒教の要素が顕著に表れていたことを述べた。

(2)林在圭「韓国の祖先祭祀における儀礼食の特徴と共食―忠清南道一両班村落の事例を中心に―」『静岡文化芸術大学研究紀要』vol.12、2011年。
石川県立歴史博物館(編)『朝鮮王朝―宴と儀礼の世界』、石川県立歴史博物館、2015年。

(3)韓国の食卓を見ていくと、孝の精神をはじめ、男女別及び世代別に、食事の場所や食卓の種類を明確に区別し、各料理には、陰陽五行説や医食同源を反映させる、といった儒教の概念が食文化に反映されてきた事実を知ることができた。 また儀礼の中でも、特に重要視されていた回婚礼に焦点を当てることで、儀礼というのが、目上の者に孝を示し、親族間のつながりを維持強化する、儒教的な重要行事であり、それに伴う食事にも、儒教の要素が顕著に表れていたことが分かり、興味深かった。

■2014年度卒業論文

・2014年12月に提出された論文5篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

・紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●木田「1720年代における清朝とチベットの歴史関係」

(1)1720年代における清朝とチベットの歴史関係を、理念と実態の両側面から考察した。

(2)石濱裕美子『チベット仏教の歴史的研究』東方書店、2001年。 柳静我「『駐蔵大臣』派遣前夜における清朝の対チベット政策―1720~1727年代を中心に―」『史学雑誌』133編12号、2004年12月。

(3)現代中国と結びつくテーマとして、清朝とチベットの歴史関係に興味を持った。18世紀初頭は、特にダライラマの権威と共にあることが清朝皇帝の権力の正当性を支えることに結びついていた。両者の権威と権力が相互依存の関係を持ち、互いの内政状況に大きく影響を与えていた点は、大変興味深かった。

●藤本「纏足の歴史とその終焉」

(1)中国で千年間続いた纏足習俗について、その歴史的背景や衰退の過程を読み解き、最終的に纏足が終わった要因や、纏足がどのような意味を持っていたのかを考察した。

(2)高洪興著/鈴木博訳『図説 纏足の歴史』原書房、2009年。
夏暁虹著/清水賢一郎・星野幸代訳『纏足をほどいた女たち』朝日新聞社、1998年。

(3)纏足の風習が連綿と続いたのは、当時の社会の美意識と社会的風潮が大きく関係していた。纏足に対する見方は、19世紀の終わり頃に西洋の近代的な思想が中国に入ったことで変化した。清末に起こった反纏足運動は、女性が自立の道を歩んでいくきっかけとして大きな意味を持ったと感じた。

●掛川「清朝末期知識人の実態」

(1)何故清朝は日本と異なり近代化が失敗に終わったのかについて、当時の知識人の思想の変遷から紐解いていく。

(2)小野川秀美『清末政治思想研究』みすず書房、1969年。
佐々木揚『清末中国における日本観と西洋観』東京大学出版会、2000年。

(3)当時の清王朝は科学者など理系の人材を積極的に登用せず、近代化が遅れたことはとても興味深い。一方で現在の中国の官僚は理系の人材が多く、経済発展が進んでいることを学んだ。

●山木「韓国人の愛国心の形成」

(1) 韓国人の愛国心の形成について、第1章でまず愛国心とは何か、第2章で韓国人の愛国心の要因について、第3章で戦後の諸問題と愛国心について論じた。

(2)高崎宗司『反日感情―韓国・朝鮮人と日本人』講談社現代新書、1993年。
鄭大均『日本(イルボン)のイメージ―韓国人の日本観』中公新書、1998年。

(3)今の韓国人の愛国心の根元には35年間の日本統治時代と3年間同民族が戦った朝鮮戦争が大きく関係していると感じた。これから時間が経ち、当時生きていた人もいなくなるにつれ、韓国人の愛国心とりわけ反日感情がどのように変わっていくのか興味深い。

●河野「中国戸籍制度が生む都市と農村の格差」

(1)中国の戸籍制度が生む都市と農村の格差とその格差を縮めようとする最近の改革について論じた。

(2)星野真「都市農村間所得格差の拡大」『アジ研ワールド・トレンド』第18巻第2号、2012年2月。
鎌田文彦「中国における戸籍制度改革の動向―農民労働者の待遇改善に向けて―」『レファレンス』710号、2010年3月。

(3)好景気で裕福なイメージがある中国だが、深刻な貧富の格差がある。その温床となっているのが戸籍制度であることがわかった。戸籍制度が生む都市の人々と農村の人々の差は、社会保障や給与、退職金など幅広く、問題視されている。中国という大国は、農村戸籍と都市戸籍によって二元社会構造となってしまっていることを知った。今後の中国の戸籍制度改革や、それに伴う変化に注目したい。

■2013年度卒業論文

2013年12月に提出された論文5篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

・紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●川島「中国人富裕層の変遷」

(1)古代から現代までの「中国人富裕層」の歴史的背景や消費行動を検証し、共通した特徴を抽出する。

(2)加藤典子「英語・中国語・日本語の“face”(面子)の違い」『東京工芸大学工学部紀要人文・社会編』第23号、2000年。 徐向東『中国で売れる会社は世界で売れる!』、徳間書店、2008年。

(3)論文制作以前は中国人富裕層に対して「お金を湯水のごとく使う」イメージしか持つことができなかったが、研究することによって、面子や家族を大切にした上でお金を使う人々であることがわかった。また、中国社会が現在抱える様々な問題に対しても理解を深めることができてよかった。

●木村「中国における茶の普及と喫茶文化」

(1)人々の日常生活に溶け込んでいる茶について、発祥地である中国を中心に茶が広く飲用されるようになった唐代に焦点をあて、起源、利用法、文化、現在までの普及を論じる。

(2)孔令敬『中国茶・五感の世界』、日本放送協会、2002年。
布目潮渢『茶経 全注訳』、講談社、2012年。

(3)唐代、宋代の喫茶は、親しい人同士で時間の経過を楽しむ、余暇を過ごす、あるいは茶で客をもてなすという利用法が現代と変わらない。その発祥と発展を調査したことで、茶がただ嗜好品として楽しまれるだけでなく、歴代の内乱や外敵の侵入にも拘わらず、常に進歩をめざし、衰退することのない文化として現在まで中国社会に根付いているのだと実感した。

●石谷「フィリピンにおける華人・華僑」

(1)現存する文献資料の整理、分析、考察を行い、他国との比較を含め、フィリピンにおける華人・華僑の特徴を論じた。

(2)菅谷成子「スペイン領フィリピンにおける『中国人』:"Sangley,""Mestizo"および"Indio"のあいだ」『東南アジア研究』第43巻4号、2006年3月。 小林正典「フィリピンの中国系移民と中国との関係:福建から香港ルートへの傾斜と教育・言語の問題を中心に」『和光大学現代人間学部紀要』第6号、2013年3月。

(3)フィリピン華人・華僑に関して以前から興味があったので、今回、華人・華僑の歴史や、民族言語、文化伝統の維持・継承を目的に彼らが行ってきた教育について探求することができてよかった。その中で、内在する課題と今後の方向性を考察したが、私は今後、実際にフィリピンに行き、華人・華僑の実態を把握し、もっと詳しく研究したいと思った。

●岡田「清朝末期の陝西と甘粛におけるイスラーム教徒の蜂起について」

(1)清朝末期の西北の回民蜂起は聖戦といえるのか、また差別ゆえのものなのかなどについて、背景や経過を追って考察する。

(2)中田吉信「同治年間の陝甘における回乱」『近代中国研究』第3集、東京大学出版会、1959年8月。濱田正美「『塩の義務』と『聖戦』との間で」『東洋史研究』第52巻2号、1993年9月。

(3)自身と異なる宗教、時代、国の人びとについて考え、史学を専攻して学びとった意見を結論とする事が出来たのでよかった。

●倉持「梁啓超の思想の変遷―変法運動から『新民叢報』発行期間を中心に―」

(1)清末変法運動から日本亡命期における梁啓超の行動や著作を通じて、彼の思想の変遷を論じた。

(2)西順蔵・島田虔次編『清末民国初政治評論集』、平凡社、1971年。 丁文江・趙豊田編/島田虔次編訳『梁啓超年譜長編』第1、2巻、岩波書店、2004年9月。

(3)梁啓超は数年という短期間で、何度も思想を転換させていたので、常に新しい知識を吸収する人物だということが分かった。彼が書いた著作によって、当時の中国知識人は自国を客観的に見ることができたのではないかと思った。 しかし、卒論執筆時には、膨大な梁啓超の著作から自分が知りたい文章を見つけることに苦労した。

■2012年度卒業論文

*2012年12月に提出された論文4篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

*紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●髙橋「中国青花にみる東西文化交流」

(1)「青花」とは、白磁に青の絵付けが施されたやきもので、日本では「染付」と呼ばれる。青花は「海の道」を渡って世界中へ運ばれた。元、明、清の青花をみることで、当時の社会状況や歴史的背景を明らかにし、東西交流の様子をひもといていくことを目的とした。

(2)三杉隆敏『「元の染付」海を渡る:世界に拡がる焼物文化』、農山漁村文化協会、2004年。
   弓場紀知『青花の道:中国陶磁器が語る東西交流』、日本放送出版協会、2008年。

(3)青花は現代にも通ずる時空を超えたやきものである。その生命力の強さは、「用の美」(使用性と芸術性)にあると感じた。初めは気づかなかった青花の美しさに、いつの間にか引き込まれていた。図版作成は思った以上に大変な作業であったが、達成感は大きかった。今後、「シルクロード」に劣らぬ「セラミックロード」の名が、世に普及してほしいと願う。

●井嶋「モンゴルにおける馬の文化的位置」

(1)モンゴルの人々は馬との歴史が長く、現在でも関わりが深い。そのモンゴルの馬の文化を、「スーホの白い馬」や馬頭琴にも触れながら考察した。

(2)小長谷有紀『モンゴル草原の生活世界』、朝日新聞社、1996年。
   長沢孝司・尾崎孝宏『モンゴル遊牧社会と馬文化』、日本経済評論社、2008年。

(3)博物館学の授業で「馬」のことに触れて以来、卒業論文で書こうと決めていた。モンゴル人にとって、馬は交通手段であるだけでなく、家族として共に生きる幸福のシンボルである。馬を大切にするモンゴル民族の伝統が途絶えないことを望む一方で、私たちも馬との歴史や絆を大切にしていかなければならないと思った。

●伊藤「中国紡織業と在華紡」

(1)小論は、第一次世界大戦期から第二次世界大戦終了までのわずか数十年の間に、在華紡が中国でどのように活動し、どのような影響を中国や日本に与えたのかを明らかにすることを目的としたものである。

(2)狭間直樹・岩井茂樹・森時彦・川井悟『データで見る中国近代史』、有斐閣、1996年。
   富澤芳亜・久保亨・萩原充編『近代中国を生きた日系企業』、大阪大学出版会、2011年。

(3)在華紡について論文や社史を使って調べていくなかで、過去の企業の海外進出や戦前から現在まで多くの企業が中国で活躍していることがわかり、現在の日本社会と関連させて考えることができたので大変楽しかった。

●栁川「青幇と上海」

(1)中国の秘密結社の中でも最も発展した青幇について、その発展には上海と言う都市が関係していると考え、上海と青幇の関係、また青幇が何故他の秘密結社よりも勢力を伸ばしたのかを明らかにした。

(2)酒井忠夫『中国幇会の研究 青幇篇』、国書刊行会、1997年。

(3)青幇は上海の近代化につれて裏社会の中心となり、租界当局や国民党政府とのつながりを持つ巨大な組織となった。しかし共産党が政権を握ると、最も有力な頭領であった杜月笙も、上海から香港に逃げた。その死後墓は台北に建てられ、遺骨も上海に戻ることはできていない。本稿では青幇の繁栄には租界という特殊な環境が大きく影響していたと結論付けた。青幇の最盛期である1930年代の上海は「魔都」とも呼ばれ、異国情緒漂う都市であった。上海の魔の部分の一因であった青幇について取り組んだことは、当時の上海を知るうえで有意義であったと思う。

●吉村「中国マス・メディアが国民に与える影響」

(1)中国のマス・メディアが報道する内容の信憑性、そして中国のマス・メディアが中国国民に与える影響を、それぞれ歴史的背景に沿って研究した。

(2)朱家麟『現代中国のジャーナリズム』、田畑書店、1995年。

(3)言論、出版の規制が厳しく、自分の意見も思うように言えなかった中国の国民だったが、インターネットの普及により、国民が匿名で政府に対して意見を言えるようになったため、国民の力が増したように感じた。

●金安「現代中国における沿岸部と内陸部の教育格差」

(1)中国の農村部と都市部の教育格差について、現実を踏まえた上で教育格差の要因、そして教育格差が引き起こす未来について述べた。

(2)南亮進・牧野文夫・羅歓鎮『中国の教育と経済発展』、東洋経済新報社、2008年。

(3)急速な経済発展を遂げる中国の格差問題の内情を知ったことで、国における政府の役割の重要性に気付いた。中国は少しずつであるが、変化を遂げてきている。農村に暮らす子供達のためにも一日も早く格差を解決して欲しいと願っている。

■2011年度卒業論文

京劇「大閙天宮」(孫悟空もの)

*2011年12月に提出された論文4篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

*紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●倉林「ソグド人と中華王朝」

(1)紀元1千年紀のシルクロード貿易を支えた中央アジアのオアシスの民、ソグド人。彼らがどのような民族であったのか、ササン朝や東ローマ帝国、そして唐朝との交わりから探る。

(2)荒川正晴『ユーラシアの交通・交易と唐帝国』、名古屋大学出版会、2010年。
   森部豊『ソグド人の東方活動と東ユーラシア世界の歴史的瞬間』、関西大学出版部、2010年

(3)中央アジアのオアシスの民であったソグド人が、民族や国を問わず移動し、臨機応変に商人から軍人へと転身する様子は非常に興味深い。彼らをテーマとすることで、国家や民族主義といった概念が生まれる以前の古代だからこそ可能な人々の移動、交流の様子を垣間見ることが出来たと思う。

●猪坂「フィリピン格差社会の歴史的起源」

(1)スペインとアメリカによる植民地支配がどういった過程で現代フィリピンの格差社会を生み出したのかを当時の経済変遷と砂糖アシエンダ(大農場)の実態を考察することで明らかにし、そして結びでフィリピンにおいて格差社会が独立後の現在においてもなくならない理由を述べた。

(2)永野善子『砂糖アシエンダと貧困―フィリピン・ネグロス島小史』、勁草書房、1990年。  Larkin, John A., Sugar and Origins of Modern Philippine Society, University of California Press, 1993.

(3)フィリピンを研究している日本人は少ないため、資料もあまり多くなく、研究は大変であったが、論文作成にあたって、歴史的観点から現代問題を考えることの大切さを学んだ。

●王「現代中国の格差社会」

(1)中国は1978年の改革開放政策実施以降、急速に豊かになった。しかしその反面で社会にさまざまな格差をもたらした。そうした社会格差の実態と原因について検討した。

(2)園田茂人『不平等国家―中国』、中公新書、2008年。    薛進軍・園田正・荒山裕行『中国の不平等』、日本評論社、2008年。

(3)資料、論文に触れることにより、中国格差社会の現状を把握することができた。とても研究する価値があるテーマだと思う。これから中国政府が格差問題を解決するためにどのような政策を取るのかに関心を持っている。

■2009年度卒業論文

*2009年12月に提出された論文6篇を執筆者自身が紹介します。配列は時代順です。

*紹介項目:(1)内容をひと言で、(2)主要利用文献1~2点、(3)書き終えての感想。

●木村(真)「死生観からみる古代エジプト人の理想の暮らし」

(1)古代エジプト人は現世で生きているのは、死んでからの来世の準備であるとさえ考えていた。古代エジプト人の「死」は永遠の生という死生観を踏まえた上で、古代エジプト人が望んでいた理想の世界とはいかなるものであったのかを論じた。

(2)片岸直美・畑守泰子・村治笙子『ナイルに生きる人びと』、山川出版社、1997年。
   吉村作治『古代エジプトを知る辞典』、東京堂出版、2005年。

(3)砂漠にそびえるピラミッドやスフィンクス、ツタンカーメン黄金のマスク、ミイラ等私たちを未だに惹きつける数々の遺産を残した古代エジプト人とは、どのような人々であったのかを知りたいと思ったのが、このテーマを選んだきっかけである。また、古代エジプト人が望んでいた理想の世界とは、自然のサイクルに身を委ねた非常に素朴な生活であったことが印象的であった。

●木村(裕)「始皇帝はなぜ兵馬俑を作ったのか」

(1)兵馬俑坑とは、中国の陝西省臨潼県の始皇帝陵内にある、陶で出来た多数の兵士と軍馬を地中に整然と配置した遺構のことで、始皇帝陵を守る等身大の地下軍団である。
私は、兵馬俑坑や始皇帝を研究するうちに、なぜ始皇帝は兵馬俑を作ったのだろうかという疑問を抱き、それを本論文のテーマとして様々な角度から考察した。
私の仮説は、始皇帝が地下をすみかとすることで自分が滅ぼした国々の死者の霊魂が攻めて来る備えとして兵馬俑を作ったのではないかというものである。

(2)樋口隆康『始皇帝を掘る』、学生社、1996年。

   司馬遷『史記』(第1冊)、中華書局、1959年。

(3)私は、テーマに沿って史料を集めて早い段階から作業を始めていたが、史料が膨大な為、又、原文(中国語)等もあり、それを解読してまとめ上げていく作業が大変だった。
私が本論文を執筆する上で苦労した事は、諸説を比較して、どれが一番真実に近いのかを自分の仮説にする事が難しかった事や原文(中国語)を訳しながら内容を把握するのに時間を多く費やした事、更に、研究をやればやるほど書きたい事が多くなり、テーマに沿った内容にまとめ上げるのがとても大変だった事である。
私は、今後、中国に行き、兵馬俑坑や始皇帝陵を実際に観て、もっと詳しく研究出来たら良いと思う。

●北「日唐官僚制の相違点」

(1)唐代の官僚制の特徴を探るため、中国と中国の官僚制を模倣して成立した日本の官僚制との比較を行い、そこから唐独自の制度を見出すことを目的とした。

(2)歐陽修宗祁撰『新唐書』(第1冊、紀)、中華書局版、1975年。
   池田温等『世界歴史大系中国史2三国~唐』、山川出版社、1996年。

(3)官僚制度というものは、一朝で出来上がったものではなく、過去の王朝の制度の踏襲や当時の政治的な思惑などで成立していったことがわかった。また日本も中国の制度をただ模倣したのではなく、自国に合う制度に変化させていた。官僚制について学ぶことで制度についてだけではなく、当時の国の様子・特徴を垣間見ることもできたと思う。

●三好「日本における未来の東洋医学」

(1)日本では東洋医学と言う場合、中国医学の代名詞のように言われているが、アラビア医学、インド医学、チベット医学など、実はもっと多彩なキャラクターを持っているのだ。このように奥深い東洋医学にスポットをあてた。前半では中国医学とインド医学の、特徴、診断方法などの基本的な知識をまとめて、歴史に基づき検証した。後半は、現在の日本、または世界で、どのようにして東洋医学が成り立っているのか、またこれからの東洋医学のありかたについて論じた。

(2)根本幸夫『やさしくわかる東洋医学』、かんき出版、2005年。
   山田慶児『中国医学はいかにつくられたか』、岩波新書、1999年。

(3)漢方、針を使った治療が存在することは随分昔から知っていた。しかしそれらが東洋医学をもとに発展した治療であることは知らなかった。それ以前に、東洋医学という言葉すら、正確には知らなかった。東洋医学との出会いが文献を通じてではなく、自分の体で直接に体験したということが、追求するきっかけとなり、幸運であったと思う。

●大場「シンガポールの発展とアジア的価値」

(1)シンガポールの独立後30年に焦点を置き、首相を務めたリー・クアンユーによる政策がどのように国家の発展に影響してきたのかを探った。また、リー・クアンユーの提唱した「アジア的価値」論は、シンガポールではどのように作用してきたのかも検証した。

(2)杉谷滋編著、『シンガポール』、関西学院大学産研叢書、1999年。
   Vasil, Raj, Asianizing Singapore: The Pap's Management of Ethnicity, Institute of Southeast Asian Studies, 1995.

(3)シンガポールの経済史は大変興味深く、経済学についてより興味を持つきっかけとなった。また、アジア的価値論については以前から興味があり、今回様々な資料や論文に触れることができ、とても楽しかった。

●井町「日韓の教科書制度について―教科書問題解決への道を探して―」

(1)韓国と日本の教科書制度それぞれの特徴をあげながら、教科書問題の解決へ向けて、それぞれの教科書をどのように改善すべきかを探った。

(2)西尾幹二『歴史教科書「12の新提案」迫りくる「全体主義」の跫音』小学館文庫、2001年。
   井上秀雄『全訳世界の歴史教科書シリーズ31・韓国』帝国書院、1983年。

(3)教科書は学校教育の場で使用されるものであり、これからの時代を担っていく日韓の学生たちが、正しい歴史認識を持つことができるよう、今後も両国が教科書制度について見直す必要があるのではないだろうか。特に日本の検定制度については、韓国の人々が過去にどのような思いをしてきたのかということも、きちんと理解できるような教科書を日本の学校教育の場で多く使用できるようにさらに見直すべきであると感じた。


山口昭彦ゼミ(西アジア史ゼミ)

おもにイスラム時代(7世紀以降)の西アジアを対象としたゼミです。ここでの「西アジア」というのは、東はだいたい中央アジアやインドあたりから西は北アフリカあたりまでを指していますが、それほど厳密な地域区分ではなく、場合によっては東ヨーロッパの一部も対象にします。ただし、授業担当者の関心が16世紀から20世紀にかけてのイラン史やオスマン帝国史にあるので、授業で取り上げるテキストやテーマも、現在のイランやトルコあたりに関わるものが中心になります。

とはいえ、受講生がそれぞれ研究テーマを選ぶにあたっては、地域的・時代的な制約はまったくありません。関心のある地域・時代・テーマを自由に選んでもらうのを基本にしています。

授業では、特定の史料(日本語訳)を参加者全員で読み進め、それをもとに議論することで理解を深めていきます。史料に触れて、そこからあれこれ想像してみることが、歴史研究の基本だと考えるからです。秋には、4年生の卒論中間発表と3年生の卒論構想発表のための合宿を行います。このほか、モスク、教会、シナゴーグなど西アジアの諸宗教に関わる施設を訪問することで、西アジア社会を体験する機会を設けたいと思っています。

西アジアは世界で最も早くから文明が栄えた地域の一つですので、宗教や文化の面できわめて多様かつ豊穣です。その分、意外性を発見できる場でもあります。是非多くの方に関心をもってもらえればと思います。

上級生によるゼミ紹介

東京ジャーミー(モスク)

西アジア史3年演習では、前期は一冊の本をゼミで読み進め、それぞれに担当箇所を要約して発表しあい、さらに先生がわかりやすく解説してくださることでイスラーム世界に対する理解を深めました。後期はそれぞれに興味のある論文を選び、その内容を要約して発表し、質疑応答、意見交換などを行っています。

またただ知識を身につける勉強だけではなく、スライドや映画を見たり、実際に日本にあるモスクやシナゴーグを訪れるなどして理解を深めています。時には紅茶を入れて山口先生のお土産のお菓子を食べて雑談したり、授業計画を立てたりしています。

少人数なので発言もしやすく、わからないことはすぐに先生に質問できます。みなさん、是非世界史コースで楽しい時間を過ごしましょう!

西アジア史ゼミの近年の卒業論文

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2016年度

『イラン革命の原因論―パフラヴィー王政と国際関係を中心に―』
この論文では、イラン革命(1979)がなぜ起こり得たのかを、パフラヴィー朝(1925-1979)の内政と外交に焦点を当てながら論じた。革命が起こった原因としては、政策の失敗による市民の困窮、シャー(国王)の独裁体制や対米依存への反発、宗教勢力の影響力などが考えられる。特に、革命後にホメイニーを中心としてイスラーム共和制へと移行したことからもわかるように、宗教勢力の存在感は大きい。他方で、パフラヴィー王政の近代化政策が現在のイランの礎を作り出したことも否定できないだろう。
『イラクにおけるクルド自治要求運動とムスタファー・バールザーニー』
この論文では、1970年代半ばまでイラクのクルド民族主義運動の中心的な役割を担っていたムスタファー・バールザーニー(Mustafa Barzani)に焦点を当て、イラク建国から1970年代までの自治要求運動の展開過程をたどることをめざした。とくに、バールザーニーがなぜ運動の中心にいたのか、また、彼らの根強い運動がどのような経緯をたどって1970年代半ばに挫折を迎えることになったのかを検討した。

2015年度

「シオニストとナチスの関係-ハーヴァラ協定をめぐって-」
第一次世界大戦後にパレスチナがイギリス委任統治下に置かれるなか、離散ユダヤ人をパレスチナに集めたいシオニストと、ドイツからユダヤ人を追い出したいナチスの利害が一致し、両者が締結したのがハーヴァラ協定であった。この論文では、両者がどのような経緯で協定を結んだのか、また、協定がパレスチナ社会にどのような影響を与えたのかを検討した。
「イスラエル建国以前と以後のエルサレムの変容」
3000年にわたる歴史の中で、エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三大宗教の聖地へと成長していった。エルサレムの誕生から説き起こして三大宗教の聖地となった背景を明らかにしたうえで、多数の宗教が共存していたエルサレムがイスラエルの建国によってどのように変化していったのか考察した。
「スルタン・ハサン・マドラサからたどるワクフ制度の社会的役割」
イスラーム社会において、社会資本の形成や整備、社会福祉の役割を担ったのが、ワクフ制度である。本論文では、ワクフ制度と切っても切り離せない関係にあったマドラサ(イスラム学院)に着目し、とくにマムルーク朝時代(1250-1517)のカイロにおける最大級のマドラサであったスルタン・ハサン・マドラサを題材に、ワクフ制度がイスラーム社会で果たした社会的役割を考察した。
「ハーヴェイ・ミルクとゲイ解放運動-アメリカ合衆国においてマイノリティが生きるということ-」
ゲイ解放運動をとりあげ、とくに、その中核を担った人物の1人ハーヴェイ・ミルクの人生を社会の動きと関連づけながら論じた。ミルクが様々な活動を経て、ゲイの活動家となり、さらにサンフランシスコの市政執行委員となってから暗殺されるまでをたどることで、ミルクがゲイ解放運動で担った役割と功績を検証した。

2014年度

「イランにおけるイスラーム体制の確立と統治の正当性について」
イスラム教シーア派を国教とし、イスラーム法学者(ウラマー)が統治するイランの現在の体制は、20世紀における民衆運動と79年のイラン革命を経て確立していく。しかしこうして確立されたイスラーム体制は、その統治の正当性を疑問視されることもあった。現在の体制の正当性について歴史的なウラマーの役割に触れながら論じた。

小泉徹ゼミ(ヨーロッパ近世史ゼミ)

主としてヨーロッパ近世史を対象とした演習です。この時代を一言で言いあらわすならば「宮廷の時代」、すなわち国王と廷臣たちが織りなす政治や文化の時代ということができるでしょう。他方、この時代には現在のような行政組織がなかったので、地域共同体や同業組合が、政治的にも社会的にも大きな意味を持っていました。封建制度が次第に実体を失いながら、まだ近代社会が成立していない時代といえます。地域的にはイギリスを中心としていますが、常にヨーロッパ全体を視野に入れるようにしています。

これまでに、ヨーロッパ近世史全般、イギリス史全般(古代から現代まで)、帝国史(インド、オーストラリア、カナダなど)を対象にした卒業論文が書かれています。

上級生によるゼミ紹介

小泉ゼミでは、ヨーロッパ近世史のなかでもイギリス史を中心に学んでいます。

毎週学生がテキストの担当箇所を要約し、その発表内容について皆で議論することで歴史への理解を深めています。2013年度は「宗教史」に焦点を当て、イギリスにおけるカトリック教徒の存在について学んでいます。先生のお話は歴史的に興味深いものから人生における話など幅広く、勉学に限らない学びの場となっています。

ゼミは10人(2013年度)と少人数のため質問や話題提起をしやすく、アットホームな雰囲気です


印出忠夫ゼミ(ヨーロッパ中世史ゼミ)

このゼミでは、中世ヨーロッパの歴史を勉強しています。

高校の教科書では中世の話題として「十字軍」、「中世都市」、「百年戦争」などが取り上げられますが、大学でははるかに多様な話題を取り扱います。
私たちがヨーロッパを旅行すると、教会やお城など中世に作られた多くのモニュメントがありますし、議会・大学など中世に起源を持つ制度も多いです。ヨーロッパの文明や社会の基礎を作ったのが、正に中世なのです。
ゼミでは、新しい知識の扉を開く面白い文献を皆で読みます。また各自が自分の興味を抱くテーマについて研究報告・質疑応答する時間を持ちます。自分の研究成果をプレゼンテーションし、議論する力が楽しみながら身につきます。

【 使用テキスト 】

堀越宏一、甚野尚志編『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』ミネルヴァ書房, 2013

上級生によるゼミ紹介

学期の前半では、英語や日本語の文献を毎週少しずつ読み、ヨーロッパ中世史全般の知識を深めていきます。文献を読む力が鍛えられ、知識も得ることができる一石二鳥の時間です。
学期の最後には、それぞれが興味を持ったテーマについての研究発表を行い、全員で質問や意見の交換をします。発表をすることで、一人では思い至らなかった点や、見落としていた点への指摘を貰うことができます。
文化や生活、社会制度や国家、歴史上の人物について、などゼミ生は様々な研究テーマを持っていますので、発表を聴いていくことで、自然と様々な分野の知識を手に入れることも可能です。
また、授業外では、前期と後期に一度ずつ、交流を深めるための会を開いています。
印出ゼミは、少人数でしっかりサポートして頂きつつ、興味関心の近いゼミ生たちと自分の研究を進めることができる場所です。


桑名映子ゼミ(ヨーロッパ近現代史ゼミ)

このゼミでは、ドイツとハプスブルク帝国を中心に、イギリスやフランス、ロシア、東欧まで含めた近現代ヨーロッパに関するテキストを読み、発表とディスカッションをおこなっています。テーマは毎年異なりますが、これまでの例では、ナショナリズム、ユダヤ人問題、女性、外交、アソシエーション(市民結社)等について書かれた歴史書や論文を取り上げました。

ゼミでは専門的な文献を読んで正確に理解する能力を養うことはもちろんですが、理解した内容をわかりやすくまとめて発表する、プレゼンテーション能力を磨くことにも特に力を入れています。

発表の担当者以外でも、参加者は毎回必ず一回以上発言するというルールがあります。
といっても発言を強制するわけではなく、話しやすい雰囲気を作るよう心がけていますので、最初は苦手意識の強かった人も、回を重ねると自分から進んで発言できるようになっていきます。

国にこだわらず、ヨーロッパの近現代史に興味のある方の参加をお待ちしています。

上級生によるゼミ紹介


鈴木周太郎ゼミ(アメリカ合衆国史ゼミ)

このゼミでは、アメリカ合衆国の歴史において受容されてきた様々な文化表象(映像作品、歴史記述、小説、絵画、音楽など)が、アメリカ人という集合意識にどのような影響を及ぼしてきたのかについて考えます。アメリカ人というアイデンティティは、アメリカ合衆国の誕生と発展の歴史を考えると、実に不確かであいまいなものであることがわかります。しかし同時に、彼らのアメリカへの帰属意識は大変強いものだとも言われています。ゼミではテキストをじっくりと読み込むことはもちろん、様々な視聴覚資料を用いて「アメリカ(人)とは何か」について考えていきます。

まずは現代アメリカの特徴的な8つの博物館(全米日系アメリカ人博物館、ナショナル9.11博物館、戦艦アリゾナ号メモリアルなど)について検討したテキストを読んでいます。その過程で学生は自らの研究テーマを絞り込み、それぞれのプロジェクトを進めていきます。歴史学のゼミですから史資料の適切な読み方、論文での用い方について特にしっかりと身につけていきます。

上級生からのメッセージ


東洋史 卒論リスト

西洋史 卒論リスト