聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究領域 | : | 文化人類学、社会人類学、アフリカ民族誌学 |
---|---|---|
著書 | : | 『開発フロンティアの民族誌―東アフリカ・灌漑計画のなかに生きる人びと』御茶の水書房 『講座 資源人類学:小生産物の鼓動と躍動』(共著)弘文堂 『講座 世界の先住民族:ファースト・ピープルズの現在』(共著)明石書店 など |
『ホテル・ルワンダ』
(2004年/イギリス・イタリア・南アフリカ共和国合作)
監督:テリー・ジョージ
発売日:2006/08/25
税込価格:¥4,935
発売元:インターフィルム
販売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
1994年にアフリカで起こったツチ人とフツ人の対立、いわゆる「ルワンダ紛争」で100万といわれるほどの人びとが殺害された中、1000人以上の人々を自分が働いていたホテルに匿ったホテルマンの実話をもとにした映画です。「隣人が隣人を殺した」と言われ、アフリカ内の民族問題という印象を抱きがちですが、武器を輸出したり、植民地化した「先進国」の存在も見過ごしてはいけない。曇りなき眼で“地域と世界のつながり”も感じ取ってもらいたいですね。
高校時代から「外国の文化」にあこがれ、大学時代は経済学部で新聞記者を目指していたという石井洋子先生。ゆくゆくは国際派ジャーナリスト? という青写真が劇的に描き直されるきっかけは、学生時代に経験したアメリカ留学中の出来事。
「1年間の留学中、バックパッカーとしてアメリカ南部を旅した時に偶然、アメリカ先住民の集落でクリスマスの儀礼に遭遇したんです。先住民の暮らしや踊りに興味を持っていたわけではないのに、なぜかすごい衝撃を受けてしまって。そこで『民族学や文化人類学を勉強したい』という気持ちがわき上がり、大学院への進学を決めました」
もともと思い立ったらすぐ行動に移すタイプと笑う石井先生。経済学から文化人類学へ、大きく方向転換した大学院ではさらに、ダイナミックな展開が待っていた。
「指導教官からアメリカ先住民の研究はものすごく盛んで研究者も多く、新たに手をつけるのは難しい、やめたほうがいい、と言われたんです」
その代わりに『ここへ行きなさい』と恩師が指さしたのは東アフリカの地図。まったく見知らぬ地、ケニア山脈の南麓に点在する“ギクユ人”の集落だった。
「正直、行き先はどこでも良くて(笑)、東アフリカへ行くことに躊躇はなかったです。結局、ほぼ2年間、ギクユの村に住んで研究を続けました。実際は行くまでがかなり大変で、最初は1年以上かけて何本も予防接種を受け、現地に入ってからは副作用の強い抗マラリア薬を毎週のように飲みますが、それでもマラリアや腸チフスにかかってしまう。“命がけ”という表現も決して大げさではありません」
男性でもたじろぐ過酷なフィールドワークは現在も継続。アフリカの“両親”からは「ワンジコ」という名前ももらい、長期の休暇には必ずギクユの村へ“帰って行く”という石井先生。その華奢な体のどこにそんなエネルギーが潜んでいるのか、その原動力を尋ねると、 「とにかくギクユでの生活は面白くて、一瞬で取り憑かれました。ひとことで言えば果てしないロマン。それがすべてを乗り越えさせてくれます」と、目を輝かせて答えてくださった。
先生の著書
『開発フロンティアの民族誌―東アフリカ・潅漑計画のなかに生きる人びと 』
アメリカの先住民にせよ、東アフリカの民族にせよ、ここまで石井先生を惹きつけたのは、ネイティブな社会や文化が持つパワーと「文化人類学」という方法論の面白さだ。そこで石井先生に、高校生へのわかりやすい“解説”を求めてみた。
「文化人類学の基本はフィールドワークにあります。大切なのは、ただ単に現地の人々について詳しく知るというのではなく、彼らの肩越しに世界を見ること。自社会中心の価値観を捨て、対等の立場で学び合い、比較し合うことで自分自身も変わっていける。それが文化人類学の魅力だと思いますね」
東アフリカの民族の研究者と聞いて、その情熱に感心しながらも、研究自体は何の役に立つのか、と思った人もいるだろう。それは文化人類学に限らず、民族学や地域研究など、特定の民族や地域をフォーカスする学問に共通するイメージだ。石井先生自身、「ギクユ族の専門家」というレッテルを貼られることも少なくないという。だが、しかし。
「確かに文化人類学は孤立した未開社会の研究から始まった学問ですが、今では他の社会を通して自分の社会を見つめ直す学問、人間を総合的かつ多角的に見る学問へと進化しています。私の場合はたまたまギクユという民族と出会いましたが、どの地域のどんな民族を研究しても最後に行き着くところは同じ。他者との比較の中で発見する自社会であり、自文化であり、自分自身のアイデンティティです。特定の民族や地域だけに詳しくなっても、自分たちの生活からかけ離れたら共感は得られません。それこそ“へぇ〜、そうなんだ”という一時的な話題で終わってしまうんです(笑)」
グローバル社会と言われる現代。我々の視線と関心は欧米先進国との国際・外交関係に偏りがちだが、石井先生ははっきりと断言する。
「21世紀はアフリカの時代。文化人類学のアプローチをしっかり踏襲していくと、ケニアの小さな山村に住む人々の暮らしが、実はワシントンの会議室で語られる政策とつながっていることに気づくんです」
学生が訪れた羽子板職人からいただいたもの
研究室に飾ってある
アフリカのアート
さすがに東アフリカへ連れて行くことはできないが、文化人類学の基本中の基本であるフィールドワークを、単なる“見学”とは違うレベルで学生たちに体験させるのが石井先生の授業の特色。その一例が日本人形や羽子板づくりの職人へのインタビューだ。
「テーマは職人の方たちとの真剣勝負の対話(笑)。学生たちには作品や技術についての表面的な質問などではなく、なぜこの道に入ったのか、何のこだわりがあるのか、といった内面に迫る取材をしなさいと言っています」
東アフリカの民族も人形職人も、人生経験の少ない学生にとっては同じくらい“異文化な存在”かも知れない。そこで見学して感心して知識を得るのではなく、職人の肩越しに自分の生き方を見つめてみる。まさに文化人類学のアプローチなのだ。
「厳密に言うと、私の研究領域は文化人類学の中でも社会的な視点に寄った“社会人類学”です。興味の対象は文化よりもむしろ、社会や集団、組織の特性に迫ることですね」
そんな石井先生に研究における今後のビジョンを聞くと、いずれはギクユと日本、そしてギクユを植民地支配していたイギリスという3つの視点からアプローチする多角的な研究へ、テーマを広げていくことだとか。
「ただ、私はまだまだ研究者として『若手』ですから(笑)、しばらくはギクユの研究をもっと深く掘り下げたいと思っています。将来の夢は……そうですね、50歳になっても60歳になっても今の気持ちのままロマンを追い続けることでしょうか(笑)」
高校生諸君へのメッセージは「自分なりの異文化体験に挑戦してみよう」。それはゼミナールに所属する学生たちへの期待と同じだ。
「たとえば近所に外国人が住んでいたら、友達を誘って訪ねてみましよう。どうして日本に来たのか、日本人をどう思うか、素直に質問してみてください。きっと快く答えてくれると思いますし、自分たちのことがわかってくるはず。“鏡”がないと自分は見えないんです」