聖心女子大学

聖心女子大学 東日本大震災復興活動支援推進会議について
    〜その目的と設立の経緯〜

(文責: 東日本大震災復興支援活動推進会議 菅原健介)

※ 本会議は、東日本大震災だけでなく、2016年4月から発生している熊本地震他の災害でも活動するよう、2016年10月より「災害復興支援会議」と名称が変更され、活動内容も多岐にわたる災害に対する復興支援に改められました。


 東日本大震災の発生時、聖心女子大学では翌日に予定されていた卒業式の練習が行われていた。その最中、卒業予定の4年生と3年生が大きな揺れに見舞われた。数百人の学生が最も新しい3号館の各部屋に分散待機し、交通機関がマヒしたことでそのほとんどが大学内で夜を明かすこととなった。寺中学長(当時)、岡崎副学長(当時)以下、大学に居合わせた教職員が総出で情報収集や安全対策、非常食の準備等で走り回ることになる。大学に自宅から駆けつけた教職員もいた。学生の多様なニーズにもできるだけ対応した。ニュース番組を流す部屋、心を落ち着けるためにジブリのアニメを上映する部屋、さらにはしっかり睡眠をとりたい人のために暗く静かな部屋も用意した。一時であったが、大学は避難所として機能していた。もちろん、被害の中心は東北地方沿岸部ではあったが、その時は自分たちも被災者の一部であるという感覚があった。この後も、大きな余震が続き、原発事故によって放射性物質が飛来するなど、東京にいながらも不安はますます深刻なものとなった。こうした状況の中、しばらくの間は学生の安否確認や安全確保が優先的な課題であり、安全確保の見通しがつくまで新年度の授業開始も遅らせることとなった。

 上記の理由から、5月の連休が明ける頃まで大学として被災地と向かい合う余裕はなく、むしろ、学生が被災地に出かけることについては控えるよう促していた。しかし、震災に伴う急性的事態がひと段落した5月、教授会において、学長から本学でも何らかの支援を開始するべきではないかという提案がなされた。学術的専門性を持つ教員と多数の若い学生が所属する大学という機関はこうした事態に何らかの役割を果たすべきであり、また、今回の災害による社会的、文化的影響は大きく、これを学生に理解させることは高等教育機関としての大学の責務であると考えられたためである。一部の学生やOB、姉妹校関連でも支援活動への機運が高まり、学生からマグダレナ・ソフィアセンターなどに何かをしたいとの意思表示が行われたこともその背景にあった。そこで、本学における被災地の復興支援と災害に関する教育的対応のあり方について検討する「聖心女子大学東日本大震災復興支援活動推進会議(以降、支援会議と略)」の発足が教授会で認められ、7名の教員が学長からメンバーに任命された。

 支援会議は5月20日に初会合を開き、次のような基本スキームを確認した。第一に、東日本大震災の被害やその影響について学生とともに考える教育的機会を設け、被災地の現状や震災の社会的影響についての理解を促し、支援活動への参加意欲を高める。第二に支援のニーズを的確に把握し、学生に具体的な活動の提案を行う。第三に、支援活動を行った学生たちの報告会等を実施して、支援活動に対する積極的な姿勢を学内的に醸成する。このように、教育によって支援活動を促し、また、その成果を教育に活かすとともに、支援の輪を広げていくという教育―実践の循環システムを支援会議の活動スキームとして定めた(図1)。

聖心女子大学
図1 支援会議の活動スキーム


会議や会合の開催記録

 東日本復興支援会議では積極的に会議や会合を開催し、行動計画を策定してきました。
会議・会合の記録を掲載いたしました。こちらよりご覧ください。


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