2008年 ボランティア研究概論の特別講演講師
阿部幹雄氏 の南極からの手紙
 ボランティア研究概論では、ゲストスピーカーによる特別講演を実施しています。2008年8月にご講演いただきました阿部幹雄氏は、現在、南極探検隊員として南極に滞在中です。その南極から手紙をくださいましたので、ご紹介します。
2008年の本学での特別講演の様子(ご報告)はこちら

皆々様
 
 2009年11月19日午後5時(日本時間11月20日午前1時)、私は南極の昭和基地から西へ約670km離れたセール・ロンダーネ山地ウトシュタイネンのキャンプにいます。3年連続3回目となる第51次南極地域観測隊セール・ロンダーネ山地地学調査隊フィールドアアシスタントとして南極でのテント暮らしを始めました。ここの標高は約1400メートル、南極海がある北には、見渡す限りの氷床が水平線の彼方まで広がっています。この付近の氷床の厚さは、約700メートル。東から西への地平線には、標高1000メートル〜3000メートルのセールロ・ンダーネ山地の山々が連なり、雄大な南極の山岳地帯に囲まれています。
 
 11月10日に日本を出発、翌11日にケープタウン到着。ケープタウンからジェット輸送機(イリューシン76TD)で6時間のフライトで南極大陸西部にあるノボラザレフスカヤ基地(ロシア)に11月15日早朝に降り立ちました。そこは氷点下14℃、強い北西風が地吹雪となって吹きすさぶ南極、真夏のケープタウンから来た者たちが震え上がる氷の世界でした。
 
 直ちに10人乗りの小型飛行機ツインオッターに乗り換え、2007年から建設中のベルギー基地(プリンセスエリザベス、2010年春完成予定)の氷上滑走路に降り立ち、日本を出発してから6日後に南極でのテント生活が始まったのでした。
 
 前回、南極を離れた2009年2月から再度やって来たこの11月までの期間、南極はまれに見る悪天候に襲われていました。ブリザードが続きで積雪が多く、寒い冬だったのです。見慣れた景色がすべて一変し、裸氷帯も真っ白な雪面に変わり、岩山も白い雪山になってしまいました。これから夏に向かう南極、悪天候がいつまで続くのか。いささか恐れおののく気分です。日中は氷点下10℃を越える程度の気温ですが、太陽が山陰に沈むと一気に寒くなり、氷点下20℃を下回っています。まだ南極の寒さに馴染んでいない体には、寒さが堪えます。
 
 2007年11月、54歳の私は第49次南極観測隊最高齢の隊員として南極を訪れました。ヒマラヤ、北極、南極での極地探検をやりたいという子供のころからの夢、最後まで果たしていなかった南極を訪れることが実現できたのでした。
 
 雪と氷、岩だけの世界、セール・ロンダーネ山地を78日間、荷物を満載したソリを曳いてスノーモービルで旅し、南極は「剥き出しの地球」であると思いました。土も草原も森もないまさに地球そのものの姿だったのです。「剥き出しの地球」は、宇宙に存在する惑星として地球の姿、生まれて初めて惑星としての地球を意識し、宇宙に生きていることを実感したのでした。
 
 セール・ロンダーネ山地地学調査隊の目的は、今から6億〜5億年前に二つの大陸が衝突して誕生したゴンドワナ超大陸の成長の過程とその後の分裂の謎を解き明かすことです。目の前には誕生してから46億年、億の時間単位で考えるべき地球の姿がありました。
 
 2回目の南極では85日間のテント生活をセール・ロンダーネ山地で過ごしました。1年目の経験を元にしてより快適なテント生活、地質調査活動が行えるよう様々な装備の充実を図りました。強風に耐えうるテントの改良、岩石輸送用ソリ、手袋や防寒帽子の開発などです。南極観測隊の醍醐味は、過酷な南極の自然環境に立ち向かい創意工夫をすること。私は、そう思っています。困難ではあるけれど決して不可能とは諦めない。ともかく知恵を絞って“やってみる”精神でしょうか。
 
 化石燃料の消費を少しでも削減し、二酸化炭素排出を減らす。取り組んだのが電力をすべて太陽光発電でまかなう試みでした。結果は大成功、地球環境にささやかな貢献ができた喜びを感じたのでした。
 
 第50次セール・ロンダーネ山地地学調査隊として訪れた地域は、まさに海洋プレートと大陸プレートが衝突した境界を実感させる山岳地帯の景観でした。私は大陸衝突の現場に立っていると思ったほどです。
 
 3年目となる第51次隊では、セール・ロンダーネ山地西部から東部まで全域を踏破する予定です。スノーモービルの走行距離は2300キロを超えるでしょう。巨大なバード氷河を横断して訪れる東部地域は、南極大陸の中心から吹き下ろすカタバ風の強風地帯、しかも無数のクレバス地帯が待ち構えています。私の経験と知識で立ち向かうことができるだろうか。正直言って不安を覚えます。けれども私の信じる“神々”がきっと守ってくれる、南極の神々が守ってくれると確信しています。日本を出たときに比べれば、無事に計画を完遂する確信は強まっています。
 
 今日の午後から風が強まり、ブリザードが接近していることが予感できます。昭和基地からの気象情報も強いブリザードの来襲を予報しています。南極の自然、それは人間がとうてい勝ることが不可能な厳しさを持っています。南極の自然を畏怖し、南極で暮らせること、調査活動が行えることに感謝しながら来年2月上旬までセール・ロンダーネ山地を旅します。
 
 2月上旬には新「しらせ」が私たちを迎えにセール・ロンダーネ山地沖まで来てくれ、ヘリコプターで収容される予定です。そしてまだ見たことがない昭和基地に立ち寄り、南極大陸沿岸を調査しながら東に航行、2010年3月中旬にオーストラリアのシドニーに入港予定です。日本への帰国予定は3月19日を予定しています。
 
 ベルギー基地を離れるとインターネット環境がなくなります。人間世界とは無縁、私たち調査隊だけの孤立無援の生活です。
 
 まもなく夕食の時間です。今年も私が開発したフリーズドライ食料の食事です。一日3品のおかず、25日間毎日異なる献立の食事です。今年12月から国際宇宙ステーションに6ヶ月間滞在する野口宇宙飛行士に私たちのフリーズドライ食料を提供しています。南極と宇宙で同じ食事をする。宇宙と一体感を持てるかもしれません。
 
 ともかく、安全に無事に良き調査活動の成果があがるよう4ヶ月間を南極で過ごしたいと思っています。
 
 再び皆様に帰国の報告ができる日までしばしのお別れです。
 
 
2009年11月19日 あべみきお セール・ロンダーネ山地ウトシュタイネンのベースキャンプにて