題名:
「パリ・オペラ座革新期における上演演目研究 ―1989年をめぐって―」
井上 加奈
要旨:
パリ・オペラ座は、ルイ14世の時代からフランス国家の栄光のシンボルとして機能してきた、国家のイメージを担う重要な機関の一つであり、歴史的に社会との関わりが深いことはよく知られる。だが、現代における上演演目と社会との関係性についての研究は極めて少ない。本論では、フランソワ・ミッテランの政策により、オペラ・ガルニエの他にオペラ・バスティーユが新たに建設された1989年を中心とした、パリ・オペラ座革新期と考えられる1981年から1995年の経営方針、および上演演目に焦点を当て、その舞台芸術活動状況の考察を行い、当時の文化政策や、社会的出来事との関係性を探った。
第I章「現代のパリ・オペラ座組織形態」では、1989年にオペラ・バスティーユが建設されるに至った経緯を明らかにし、現在のオペラ座の組織と運営形態について述べた。第II章「パリ・オペラ座変革期における上演演目―1981~1995―」では、パリ・オペラ座発行のプログラムにつき、現地での調査を行い、プレファースの文面から当時の経営陣の指針を明らかにした上で、研究対象の1981年から1995年における上演演目の演目数・国籍の推移に関する分析、考察を行った。新作についても同様に、パリ・オペラ座にて世界で初めて上演された作品及び改訂版新作について調査と分析を行った。次いで第III章「パリ・オペラ座舞台芸術における革新期の試み」では第II章の結果を踏まえ、パリ・オペラ座に新作を提供した振付家・作曲家ルドルフ・ヌレエフやローラン・プティ、オリヴィエ・メシアンらの作品を取り上げて、作品に盛り込んだ上演側の意図に関して考察した。
その結果、1980年代から1990年代にかけてとられた方針である、文化の階級間にみられる文化的差異を無くすという意味での大衆化と文化の活性化によって、オペラ座の上演演目はより幅広い観客を求め、多様化が図られたことが明らかになった。特にオペラ・バスティーユが建設された1989年、芸術的革新性や観客拡大を図って新たな方向性を確立し、成功させたことはパリ・オペラ座の歴史に残る重要な革新期となったことが確認できた。また、上演演目国籍に関する考察からは、文化政策および外交面から、フランス国家を代表とする劇場としてふさわしい作品を演目としたことが明らかになった。こうした革新を経てパリ・オペラ座は「世界最高峰のオペラ座」、そして「舞台芸術の真の大使」たることを誇り、国家を代表する文化として進展を続けていると言えるのではないだろうか。