題名:
「20世紀初頭における文化的表象としての「髪」 ー「ギャルソンヌ」から「モダンガール」へー」
吉村 さやか

要旨:
本論は、両大戦間という時代に位置する20世紀初頭に流行した女性の「断髪」に焦点をあて、当時刊行された定期刊行物における「髪」についての記述や描写の分析を中心に、「女性の解放」の実態を動態的に考察した。さらに、「髪」の持つ文化のファクターとしての役割を、その担い手としてのフランスの「ギャルソンヌ」、日本の「モダンガール」の関係性から紐解こうとしたものである。

第一章・第二章では、1920年代フランス女性の「髪」が、「断髪」に代表される頭部シルエットの縮小化・簡素化を遂げ、および、フランスにおける女性の「断髪」と、20世紀の大ベストセラーであるヴィクトール・マルグリットの『ラ・ギャルソンヌ』La Garçonneとの関連性を考察し、当時の新聞・雑誌の分析から、この小説が20年代パリと日本の社会に働きかけた意味を解明しようと試みた。その過程で、この小説が三部作『途上の女』La Femme en Cheminの第一部に位置するものであり、〔第二部:『みちづれ』Le Compagnon、第三部:Le Couple(未邦訳)、原著はいずれも1924年にフラマリオン社より出版〕、第二部『みちづれ』が、当時日本で「断髪」の「モダンガール」として名を馳せた望月百合子により翻訳され、『女人芸術』に連載されていたことを確認する。

続く第三章では、日本における女性の「断髪」に関して、1922年1月の朝日新聞に「断髪」についての記事の確認から、通説よりも早くに「断髪」が登場していたことを指摘し、さらに担い手としての「モダンガール」の先行研究を通して、この語に「頽廃した資本主義が生み出した徒花にすぎない」という否定的な面と、「明るさと合理的な行動様式、解放された性」の表象であり、「新しい女の娘」という肯定的な面の、二面性を掴んだ。

第四章においては、ヴィクトール・マルグリット作品を「ギャルソンヌ」、「モダンガール」の両現象の接点に位置づけ、1928年4月の望月百合子による「ノラからアニックへ」という記事から、日本における「モダンガール」が本来目指した意味を探った。

以上の考察から、この時代における日仏女性の「髪」(「断髪」)の担った表象的役割を、戦後の女性の社会進出にみられるジェンダー、「狂乱の時代」という時代精神、この時代にあって開花した近代女性としての「女性性」、「アール・デコ」にみられる「機能美」や「モード」の表象として捉えた。同時に、それまでの「モード」としての「髪」が、「富や権力の象徴」(社会的地位の表象)としての役割を付加されたのに対し、20世紀初頭における「髪」は、「ギャルソンヌ」「モダンガール」などの「富や権力」に抗する者から発信される「対抗文化」の萌芽であったことを指摘した。

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