題名:
「エリアーデ理論からみた日本の山岳信仰のコスモロジー ―三輪山を事例として」
丸山 蓉子
要旨:
本論文では、ミルチャ・エリアーデの「聖なる空間」の理論を踏まえて、具体的事例への適用の可能性を探る。「聖なる空間」の事例の一つである山に焦点を絞り、奈良県の三輪山に適用できるかどうかを検証することを目的とする。三輪山は、古来、神が鎮まる山として有名な、標高約467メートルの円錐型の山である。研究方法は、対象地の文献による検討と、現在の姿を観察するフィールドワークによる検討とする。
エリアーデは、「聖なる空間」が「世界の中心」を象徴していると述べる。それでは、日本の山は「中心」と考えられているのだろうか。筆者は、「日本の山岳信仰は、エリアーデの『中心』のシンボリズムだけでなく、『境界』『他界』『異界』といった『周縁』のシンボリズムも含んでいる」という仮説を立てる。「中心」のシンボリズムとは、神との交流を世界の「中心」である「聖なる空間」において行うことを第一に考える世界観である。「周縁」のシンボリズムとは、人間の生活空間からみた「境界」「異界」「他界」を通して、神的なものと交流することが出来ると考えるような世界観である。
文献調査においては、山、岩、杉、蛇、水、太陽といった自然信仰に着目して三輪山をめぐる信仰の特徴を明らかにした。三輪山は、山を生活空間から切り離して絶対視する「中心」のシンボリズムの特徴を多分に備えている。一方で、生活空間に視点を据えて、水や太陽が三輪山から人間の世界へ到来すると考えるような「周縁」のシンボリズムの特徴も備えていることが分かった。また、自然信仰の要素ではないが、三輪山には、死者の魂が奈良盆地を取り巻く「境界」の山の一部として三輪山を位置づけるという認識を示唆する。
実地調査では、フィールドワークと大神神社の関係者へのインタビューを行った。三輪山は、神の山としての信仰を維持しているが、山麓の人々は、里山の機能を重視し、「お山」に見守られながら共に生活している様子がうかがえた。また、遠方からの登拝者が、神の山であることやエネルギーの場であることを理由に、三輪山を訪れる場合には「中心」といえる。一方で、簡単に踏み込むことができない三輪山は、日常生活とは異なる「異界」とも考えることができ、それは「周縁」であるといえる。
このようにエリアーデの「聖なる空間」理論は、三輪山には適用できる側面と適用できない側面がある。文献調査・実地調査のいずれにおいても、「中心」と「周縁」のシンボリズムの両方の側面を見出すことができた。エリアーデの「聖なる空間」は、「中心」のシンボリズムを強調するものであるが、人間の目から見た「聖なる空間」は、「中心」だけではなく、「周縁」のシンボリズムを含んでいるということが本論文で実証できた。