聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 社会心理学。主な研究テーマはマス・コミュニケーション。 | |
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著書 | : | ・ | 阪神大震災とマスコミ報道の功罪 〜記者たちの見た大震災 明石書店(単著) |
・ | 劇場型犯罪とマス・コミュニケーション ナカニシヤ出版(単著) | ||
・ | 松井豊(編) 対人心理学の視点 ブレーン出版 第18章 報道を疑う(共著) | ||
・ | 藤本忠明・東 正訓(編著) ワークショップ人間関係の心理学(共著) | ||
・ | W・ラッセル・ニューマン マリオン・R・ジャスト アン・N・クリグラー(著)/川端美樹・山田一成(監訳) ニュースはどのように理解されるか メディアフレームと政治的意味の構築 慶応義塾大学出版(共著) | ||
・ | 藤本忠明・東 正訓(編著) ワークショップ大学生活の心理学 ナカニシヤ出版(共著) |
『動物のお医者さん(白泉社文庫)全8巻』
著者:佐々木倫子
出版社:白泉社
獣医を目指す学生の日常をコミカルに描いた漫画です。大学生活は、ぜひこの作品の主人公たちのように過ごしてほしい。日常会話に、専門用語が自然に混ざるようになれば、もう立派な社会心理者です。
『トリック -Troisieme partie- 腸完全版 DVD-BOX』
発売中
税込価格:¥19,950
発売元:テレビ朝日
販売元:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
不思議現象をクリティカルに描いています。『ガリレオ』も捨てがたいですね。
『予言がはずれるとき−この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』
著者:Leon Festinger(原著)、 Stanley Schachter(原著)、 Henry W. Riecken(原著)、 水野 博介(翻訳)
出版社:勁草書房
社会心理学を志すきっかけとなった「認知的不協和理論」の研究書です。
ゼミ生が作ったTシャツ
先生と学生の絆の強さがうかがえる
小城英子先生が社会心理学と出合ったのは、聖心女子大学の人間関係専攻に在籍していた学生時代。「アメリカの新興宗教団体の事例研究で、教祖の予言がはずれた時に、教団は解散することなく、信者たちは別の解釈を作り出して、ますます熱心に信仰するようになった、という現象が、『認知的不協和理論』で説明されています。『認知的不協和理論』とは、既存の態度と矛盾するような現実にぶつかった時、不協和を解消するように認知の方を変容させるという理論です。占いや予言は、当たっているか、当たっていないか、正誤の基準でしか考えていなかった当時の私は、認知的不協和理論の見事なロジックに感嘆し、人間行動や社会現象を、心理的なメカニズムから説明することのおもしろさに魅せられました。」
卒論は、「マスコミの過剰報道とプライバシーに関わる受け手の心理」をテーマに選び、修士論文は阪神・淡路大震災を事例とした災害報道の研究、博士論文は神戸児童連続殺傷事件とマス・コミュニケーションについて考察。社会心理学のなかでもマス・コミュニケーションが専門で、現在は、「テレビ・オーディエンスの研究」「不思議現象に対する態度」「ファン心理」に関心を抱いている。
テレビの視聴率が低下、人々のテレビ離れが指摘されているが、「メディア環境が多様化して、テレビ視聴の形態もさまざまなスタイルが生まれてきました。視聴率は、真の視聴を測定できていないという指摘は昔からありますが、近年のメディア環境の激変で、その乖離がどんどん広がっているように思います」。DVDレコーダーや、iTunes、ワンセグ携帯などの新しいメディアが登場、家だけでなく、移動中や出先でもテレビを視聴できるようになった。その結果、番組に自分の生活時間を合わせるのではなく、自分の生活時間に番組の方を組み込むという視聴スタイルが定着してきて、視聴率で測定できないテレビ視聴が増えている。裏返せば、実は、テレビは今でもかなり視聴されていて、影響力が大きいメディアだといえるのではないか。ただ、視聴者主体へと形を変えているところがポイント。「ありとあらゆる視聴スタイルを念頭に置かなければならないので、研究者の調査も苦労が多くなりました。実態の変化の方が速すぎて、研究が追いついていない感がありますね」。新しい視聴スタイルを踏まえた上で、人々にとってテレビがどのような存在なのか、研究を進めているところだ。
不思議現象信奉の研究は、オウム真理教の事件をきっかけに、1995年から心理学者の間でブームになった。2000年以降はそのブームも去ったが、小城先生はオウム事件を経ても、なお、人々の中に根強く残る不思議現象への執着に関心を持ち、新たな視点から、再び不思議現象にスポットを当てている。
「かつては写真が強力な証拠になったものですが、素人でも画像加工ができる現在では視聴者も簡単には騙されません。画質の粗いUFO写真や、ネッシー探しなどバラエティー色の強いテレビ番組は酷評される。むしろビジュアルは信じないけれど、霊視のような証拠がないものやカウンセリング要素があるものは肯定的に容認する傾向があります」。カリスマ的タレントの霊視で人気の番組も、懐疑的な見方と信奉的な意見に二分されるが、単に信じているといっても、心酔しきっている人と、娯楽として楽しんでいる人の二者に分かれるという。「一方で科学的根拠がないと頭ごなしに否定する人もいますが、逆に科学的根拠がないという証明もされていないわけです。頭から否定するのは盲目的に信じることと同じで、ある種の危うさをはらんでいると思います」。客観的多角的にものを見る―これこそ小城先生が学生たちに身につけてほしいと願っている態度に通じる。
Tシャツの裏面にはゼミ生のニックネームが書いてある
ファン心理の研究は、7〜8年前の学生の卒論指導をきっかけに関心を持ち、去年から3年生の「社会調査実習1」でも取り上げている。
「社会調査実習では、文献研究から仮説構築、質問紙の作成、集めたデータを統計ソフトで分析し、論文化するところまで、4年生の卒論と同じことを3〜4人のグループで行ないます。
授業時間外の作業も多く、大変な実習ですが、ここで社会調査のスキルをしっかり身につけ、データを正確に読みとる力や、印象や憶測ではなく客観的にものを見る態度を養っておけば、4年次の卒論では個人個人のテーマでレベルの高い研究ができる。この実習が最大のターニングポイントになって研究の面白さに目覚める学生が多いですね。学んできたことが社会調査士の資格として形になるのも、モチベーションになっているかもしれません」。
ファン心理の研究というと、従来は阪神ファンや宝塚ファンなどの事例研究が中心だったが、学生たちはより多様なアプローチ――たとえば、スポーツ界のヒール役(悪役)をバッシングするアンチファンの心理、海外ドラマファンの心理、アイドルオタクに対するステレオタイプの研究、スキャンダルが発生した時、ファンは不愉快な心理をどのように処理するのか、など――で課題に取り組んでいる。
「同じ海外ドラマファンでも、アメリカのドラマと韓流にはまるファンでは求めているものが違うといった仮説はマス・コミュニケーションのドラマ研究にも貢献が可能ですし、アンチファンの心理分析は感情研究にも適用できる。学生たちが出してくる新しいデータや既存理論を覆すような論点に刺激を受けることも少なくありません。実習も、卒論も、『共同研究者』のような気持ちで行なっています」
研究室に貼ってあった、先生が好きな兄弟連弾、レ・フレールのチラシ
一見、ソフトな印象の小城先生だが、ゼミの指導は「体力勝負、ハードな体育会的やり方」を自認する。実習の報告書や卒論は何度も何度も添削して再提出させる。わかりにくい点は指摘するが、では具体的にどうすれば? ということは学生自身に考えさせる。「やり方や答えを教えてもらっても力にならない。混沌としたところから、自分でマニュアルをつくれる人間にならないと」。“自分の半径1メートル以内のことしか関心がない”学生たちに対して、「女子大生の思考から抜けなさい」と苦言を呈することもしばしば。一方で自らの研究プロセスも公開しながら、論理の組み立て方やクリティカル・シンキングが身につくように指導している。
「人生のある時期に、自分の能力の限界を超えるまでがんばって勉強したという経験を持ってほしい。その経験は、その後の人生で必ず底力になるはず。大学時代はそれができる最後のチャンスです。今の自分の能力の器に合わせたことをやっているだけでは決して成長しません。小さな器でも詰め込んでいると大きくなってくるものなんです」
小城先生の期待が、ゼミ生たちも伝わるのだろう。講義や用事のない日でも大学に入り浸り、コンピュータ室や学生研究室で、データの分析をしたり、結果の解釈を相談し合ったり、ランチを食べながら、ついでに就職活動の愚痴を言い合ったり。3年生が実習の課題で苦しんでいると、4年生がアドバイスすることもある。そんな生活の中で、学生たちは、次第に大学院レベルの議論ができるまでに成長していく。あまりに濃密な時間を長く一緒に過ごすため、3年生の実習が終わった時、4年生で卒業する時、学生も自身の成長をかみしめるとともに、いつも一緒にいた仲間と離れることが寂しくてたまらず、涙で別れを惜しむという。「うちの学生は入学時の完成度よりも潜在能力が高い。やれば絶対にできる子たちという確信を持っています」。
体育会的な厳しい指導にゼミ生が最後までついてくるのも、師弟間の厚い信頼関係があってこそだろう。