聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 近代フランス文学 |
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著書 | : | Voyageurs romantiques en Orient - études sur la perception de l'autre, L'Harmattan (Paris) 『フランス文化 55のキーワード』(共著)ミネルヴァ書房 『フランス文化事典』(共著)丸善出版 『ネルヴァル全集 全6巻』(共訳)筑摩書房 |
『五感で味わうフランス文学』
著者:野崎歓
出版社:白水社
『悪の華』
著者:ボードレール
出版社:集英社
『ボヴァリー夫人』
著者:フローベール
出版社:河出文庫
高校生に読んでほしいフランス文学の本を何冊か挙げてみます。『五感で味わうフランス文学』は、フランスの代表的な小説を紹介する本。フランス文学の一番魅力的なところを美しい文章で紹介しており、入門書としておすすめです。
『悪の華』は詩集です。短いフレーズから驚くほど豊かなイメージが立ち上り、香り立つように鮮やかな世界が表現されていきます。詩人ボードレールの言葉の力に魅了されます。
フローベールは、私の大好きな作家。代表作『ボヴァリー夫人』は19世紀の中産階級の人々の日常生活を背景に、道ならぬ恋に溺れていく女性を描いた、素晴らしい小説です。
畑浩一郎先生の専門はフランス文学だが、中でも大学時代から力を注いでいるのが、「文学におけるオリエンタリズム」というテーマだ。
「19世紀前半のフランスで、トルコ、エジプト、レバノンなど近東の地域に対して非常に大きな関心が巻き起こりました。多くの文学者たちが実際にこれらの土地を訪れて、旅行記を書き残しています。それらを手がかりに、西洋とは大きく異なる世界に触れた彼らの考えを考察しています」
まるで文化の違う異国への反応の仕方は、実にさまざま。嫌悪感を抱く人もいれば、共感を持つ人もいる。フランス人というアイデンティティを持った彼らが、アラブ人やトルコ人をどのように眺めたのか、またイスラームやユダヤの文化をどのようにとらえたのかを読みとくことが研究の中心である。
「たとえば、“嫌悪”をあらわにしたのはシャトーブリアンという作家です。熱烈なキリスト教徒であった彼は、聖地エルサレムに巡礼の旅をするのですが、彼の旅行記は徹頭徹尾、異教徒であるトルコ人に対する悪口であふれかえっています。旅行中、彼は何度も現地の人々に親切にされているのですが、それにもかかわらず彼のトルコ人に対する偏見は一貫しています。熱烈なキリスト教徒としてシャトーブリアンは、イスラーム教徒を最初から先入観に満ちた目で眺めているのです。彼は大変美しく、見事な文章書く作家です。しかし視点は非常に偏っている。そうした偏りを客観的にとらえて読んでいくことが必要なのです」
しかし、誰でも大なり小なり、自分の先入観にとらわれがちなところはある。「自戒の意味をこめて読み、異文化との接し方を考えていく必要がある」と、畑先生は語る。
「旅というのは私たちにとって身近なものです。人類が旅をしなかった時代はありません。たとえばみなさんが沖縄や韓国に行きたいと思うのも、『違ったものに触れたい、日常と違うところに身を置いてみたい』と感じるからでしょう。きっかけが何であれ、根本は昔の人と変わりがないのです」
先生の著作 Voyageurs romantiques en Orient - études sur la perception de l'autre, L'Harmattan(地中海学会ヘレンド賞受賞)
旅行記にしても小説にしても、文学は読んで楽しむためにある。しかし、何かひとつ視点をプラスするとさらに読む楽しみは広がるという。
「小説というのは、小説家が作り出す虚構の世界で、極端にいえば読者をだましていくものです。読者も本来は、それを知っていて読んでいます。物語の世界に入って、自分はだまされていると思いながら読む人はなかなかいないでしょう。しかしあえて、それを意識しながら読むと、また違った感想が生まれてくるのです」
架空の物語をいかにも現実のように語り、読者をまきこんでいくのが小説だが、フランス文学には伝統的にそうした構図を壊していく手法もある。物語の中でわざと「これはお話である、作り物である」と読者に告げ、小説の虚構性を暴露していく文学作品がいくつも見られるのである。こうしたパロディ的な性格を持った文学の系譜も、畑先生が強く興味を持つところだ。
先生の研究資料の一つ。エドワード・W・サイード『オリエンタリズム』平凡社
「これまで接したことのない人には、フランス文学はとっつきにくいものに感じられるかもしれません。しかしフランス文学には恋愛を扱った作品がとても多いということを知ってもらえればと思います。旅もそうですが、恋愛もまた人類にとって永遠普遍のテーマです。生活環境、時代背景は違っても、人はそう変わるわけではありません。先入観を持たずに読んでみればスムーズに物語の世界に入っていけると思います」