聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 学校における健康教育プログラムの開発と評価。 学校保健プログラムの開発と評価。 若者の健康行動・不健康行動の分析。 |
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著書 | : | 『最新保健体育』(高等学校保健体育科用教科書)大修館書店 『新・中学保健体育』(中学校保健体育科用教科書)学習研究社 『新・みんなの保健』(小学校体育科用教科書)学習研究社 『高等学校学習指導要領解説保健体育編・体育編』文部科学省 『保健の授業づくり入門』大修館書店 『学校保健の動向』日本学校保健会 『新版・養護教諭執務のてびき』東山書房 |
『医学探偵ジョン・スノウ −コレラとブロード・ストリートの井戸の謎』
著者:サンドラ・ヘンペル
出版社:日本評論社
19世紀の英国ロンドンのコレラ大流行のさなかに、その原因がブロード・ストリ ートの井戸にあることをつきとめたジョン・スノウ。現代ではあたり前と思われている医学的事実も、ほんのしばらく前までは、まったくの謎であったり、誤謬の繰り返しであったりします。スノウのとった綿密な原因究明と大胆かつ明確な対策が、彼の人となりを通して分かりやすく書かれています。
先生が執筆・編集した小・中・高校生向けの保健体育の教科書。
保健体育といえば健康というテーマをとおして身近な問題や社会の問題について考えさせられる科目だ。植田誠治先生は、その学習指導要領を作成したり、教科書や教材を執筆・編集したりしているまさに専門家である。
保健体育の先生といえばスポーツマン、という予想どおり、植田先生も走り幅跳びの選手としてインターハイや国体などに出場経験のある一流アスリートだった。大学に入ってからも、競技に打ち込む一方、スポーツ医学や健康科学などの講義に触発されて、健康の大切さや人間のからだとこころの不思議さに関心を深めていく。
「競技でよいパフォーマンスをするためには,技術的なことはもちろんですが、からだとこころの基本的なコンディショニングが欠かせません。また、準備がうまくできたと思っていても、いざという時に緊張してしまって力が出せないとか、逆にゾーンに入ると言うのでしょうか、まわりのことがまったく気にならないほどに集中できた時には、思いのほかよい結果が出ることもあります。学生時代は健康の大切さやからだとこころの関係の不思議さを勉強しながら、同時に陸上競技の一選手として、それらのことを体験的に学んでいたように思います」
植田先生は、自らの教育実習で、健康の大切さや人間のからだとこころの関係についての保健授業を経験する。そして、高校生たちの反応にこのテーマを教えることの意義を強く感じ、そのまま大学院で研究を深めていく。
「修士課程では、保健体育の特に保健において、どのような内容を教えると良いのかについて、日本のこれまでの考え方と諸外国の考え方などを比較しながら研究を進めました。博士課程では,若者の不健康行動と自尊感情をはじめとする心理的要因や友人関係・マスコミの影響といった社会的要因との関係などを研究しました」
そして現在、健康教育学・学校保健学を専門分野とする植田先生の研究対象は実に明快だ。
「教育現場に役立つ健康教育や学校保健活動のプログラムを開発していくことが専門です。小・中・高校生向け保健教科書の作成をはじめ、子どもたちが主体的かつ協同的に学ぶといった授業の方法や評価の開発に取り組んでいます。学校保健活動ということでは、子どもの健康を守り育てる保健的な取り組みすべてを研究対象としています。養護教諭の教育的な活動にも関心を持ち、そのことにも20年以上かかわってきました。『学校保健』と呼ぶこれらすべての要素が、学校教育のシステムのなかでよりよく機能し、子どもたちの保健認識と実践力の向上、そして彼らが健康で安全に学ぶことのできる『健康的な学校づくり』に結びつけばと考えています。また、子どもたちの生活や健康行動の分析、アメリカやイギリス、スウェーデンなど諸外国の取り組みの分析といった基礎的な作業もしながら、小学生から大学生までの系統的なプログラム開発の構想も抱いています」
植田先生の研究対象でもあり、また健康教育実践の場でもある全学共通科目・総合現代教養「健康な生活と健康科学」の様子を覗いてみよう。
「健康」といえば、WHOの健康の定義を学んだことを思い出すかもしれない。先生は、健康について次の4つの要素を挙げる。
「私は健康を、からだとこころと人間関係、そして自己実現までを含む包括的な発想で捉えています。自己実現とは、社会との関係性を大切にしながら、その人が自分らしく生きがいを持って生きることです。学生たちには、広い健康観を持ってもらいたいですし、人によって健康観は異なること、健康は時に目的でなく手段となること、健康は基本的な権利となることなども考えてもらいたいと思っています」
授業では「健康とは何か?」という問いにより、絵を描く時間がある。もちろん先生の考える健康観を話す前に、彼らの持っている健康に対する考えを調べるために行われるものだ。先生のお話をもとに、それを解説してみよう。
よく描かれる絵は力こぶや、人が仁王立ちをしている様子、食事を美味しく食べている様子や運動している様子など。これらは健康の身体的な側面を表していると考えられる。太陽が笑っている絵やハートもよく描かれるが、これは心理的・情緒的な側面を表していると思われる。仁王立ちで顔が笑っているというものも少なくない。それから、人を複数描いたり、人がまるくなって手をつないでいる様子などを描いたりする絵も目立つが、これは人間関係・友だち関係が良好なことが表現されていると思われる。その他には、てんびんの絵や幾何学模様を描いて、バランスのとれていることを表現する者もいる。以前に同じ作業を高校の先生に行ってもらうと、ひとりの女子生徒が串刺しの団子のような絵を描いてくれた。「軸がぶれないことが健康」とその生徒はズバリと言った。この絵を学生たちに紹介すると、すごい、なるほどと驚き納得している様子がみてとれる。授業では、アイスブレーキングも兼ねて学生同士で紹介しあい、それからWHOの健康の定義や他の考え方などと自分の絵を比較し分析する。その作業を通して、各自が自らの健康観を改めて考え深めることができる。
植田先生の全学共通科目のもう1つの授業に「体育運動学(フィジカル・フィットネス)」がある。
「さまざまな道具を使いながら、柔軟性を高めたり、正しい姿勢づくりやバランス感覚を養ったりするのが主目的です。この授業では、からだのどの部分がどのように動いているのかを機能解剖学的に理解することを大切にしながら、各自が自分のからだと対話し、かつ学生同士が協力しながらからだほぐしする活動を多く取り入れています。おもしろいことに、学期末の授業評価では、身体面の向上を評価する感想とともに、からだをほぐすことによって気分がとてもすっきりしたという感想や、大学に入ってから不安だったけれど授業でいろいろな人と交流ができてよかったといった感想を寄せる学生が多いのです。タイトルは体育運動学ですが、身体活動を中心としながらも、からだとこころ、そして人間関係などをほぐす授業になっています」
まるで走り幅跳びの助走のように、専門領域を真っ直ぐに究めてきた植田先生。
いまフィールドとする本学の学生たちへのメッセージを語ってもらった。
「子どもの健康を守ること、子どもの発育・発達を支援していくこと、そして子どもの健康に対する科学的な認識や実践力を育んでいくこと。これらは『教育としての学校保健』と呼べるものなのですが、すべての担任教師や管理職教員に必要な力だと考えています。教師を目指す学生たちには、教育学入門や教育学演習、体育概論などの授業を通じて、そのための基礎的な資質と能力を身につけてもらいたいと願っています。また、かつての教え子に、アフリカでエイズ教育・健康教育の分野で活躍している者がいるのですが、本学にはボランティア活動や国際的な教育活動に関心がある学生や院生も多く、彼らにもぜひそのような資質と能力を身につけてもらいたいと思っています」
一方で、「学生自身が選ぶテーマを大切にする」と言われる植田先生の卒論指導では、自由な研究テーマを歓迎している。基本的には「学校保健」に関する枠組みを提示はするものの、先生が重視するのはもっと本質的なものだ。
「学校保健は、子どもの健康や発育・発達に関すること、健康教育・学校給食・学校環境・特別支援に関する教育活動など広範囲な領域ですので、それらに少しでも関わるものであればよいとテーマ選びは自由にさせています。ただし、研究ではまず素朴な疑問を持つこと。そしてその疑問を発展させながら、追究していくことにこだわらせています。問うことを学ぶ。これが私の指導の基本といえます」
植田先生には、研究を離れた生活面でも学生たちに望むことがある。まさにそれは、生涯を通じた健康の実践といえる。
「まずは健康で充実した学生生活を送ってほしいと思っています。そしてさらに、学生時代だけではなく、生涯にわたる健康で生き生きとした生活『Quality of Life』につなげていってほしいと思っています。そのためにも、多くの学生に広い健康観を基礎にした科学的認識と主体的な実践能力を身に付けて巣立っていってほしいと願っています」