聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 指さしをはじめとする乳幼児のコミュニケーションに関わる行動の発達 |
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論文 | : | Takeshi Kishimoto, Yasuhiro Shizawa, Jun Yasuda, Toshihiko Hinobayashi and Tetsuhiro Minami Do pointing gestures by infants provoke comments from adults? Infant Behavior and Development Volume 30, Issue 4, Pages 562-567 |
内田 樹さんの本。
上から『街場の大学論 ウチダ式教育再生』(角川文庫)
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
『ひとりでは生きられないのも芸のうち』[単行本]
出版社: 文藝春秋
『こんな日本でよかったね─構造主義的日本論』(木星叢書)
出版社: バジリコ
『邪悪なものの鎮め方』(木星叢書)
出版社: バジリコ
『下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち』
出版社: 講談社
元神戸女学院大学教授であり、幅広い領域の研究をしている内田さんの著書がおすすめです。時事問題を語るなど、私自身の研究とは関係ないテーマの本もありますが、自分なら思いもしないような考え方や世の中の見方をされているので、同じ女子大の教育者としても、参考にしています。
先生のお子さんの動作を記録した資料。授業で使用されている。
言葉を話せるようになる前の1歳頃の子どもが、よく指をさして何かを訴えかけているような行動をすることがある。その「指さし」が、岸本先生の研究テーマだ。
「大学時代、ヒトを含めた霊長類の発達について考える研究室に在籍していました。ヒトも多様な動物のなかの1つの種であると考える研究室だったため、最初はニホンザルが研究対象でしたが、そのうち人間の幼児に興味を持つようになりました」
そこで、保育園に毎日通い出した岸本先生。最初はまったく研究テーマが思いつかなかったというが、ある日、大きな感銘を受ける光景に出合った。
「ぼんやり子どもたちを観察していた時、1歳半くらいの男の子が、風邪で横になっている女の子に向かって『あっ』と指さしをしたのです。そして、そばにいた保育士さんがそれを見て「うん、ねんねしてるね」と答えるのを聞き、雷が落ちたような衝撃を受けました。まるで、人間の本質を見たような気持ちになったのです」
私たちは、つい言葉がなければ人間はコミュニケーションができないと思いがちだ。しかし、全く言葉が話せない幼児と大人の間に、すでにコミュニケーションが成立している事実を岸本先生は目の当たりにした。その光景が頭から離れなくなり、先生は指さしの研究に没頭するようになったという。
「それまでは、子どもは弱くて大人がいないと生きていけない存在だというイメージがありましたが、実は自分から積極的に働きかけていける存在なのだと気づけたことは、大きな発見でした」
指さし研究の主なアプローチ方法は、観察だ。学生時代は保育園に通った先生だが、現在は観察室で家庭環境を再現したり、ご自身の娘さんをビデオカメラで撮影したりしているという。
「子どもが指さす理由の1つは、大人が反応を引き出すことです。言葉が出る前から、いろいろなことを主張したい、何かを問いかけたい、という気持ちがすでにあって、非常に能動的な探索者であることが分かります。そんな子どもの行動に大人はうまくのせられ、非常に親切に答えてあげます。主張する子どもと応答してくれる大人という関係性にまで迫っていくと、大変面白いですね」
大人の注意引きたさに出現する指さしの行動。しかしなぜ、この行動を取り始めるのは1歳頃からなのだろうか。
「1歳頃の子どもは離乳し、歩行し始める段階に入ります。一方、母親は次の子の妊娠や家事など、育児以外にもやらなければならないことが出てくる。この母子間の距離が遠くなる時期に、『短時間』で『質の高い』コミュニケーション方法が必要とされ、指さしはまさにうってつけの表現手段だったのではないか、と考えています」
指さしという単純な行動が生まれるためには、たくさんの「理由」があったのだ。さらに、指さしは「言葉」や「心」の種になっているかもしれないと岸本先生は語る。
「基本的に指さしをするのは人間だけであり、言葉を話すのも人間だけです。チンパンジーも人間が飼育すれば拙いながら指さしをしますが、言葉にはつながっていきません。つまり、指さしは言葉を話し始めるのに必須の行動なのではないでしょうか。また、指さしができる、相手の注目を引こうとするということは、ある程度相手の気持ちを推測できるということです。いままで、子どもは3〜4歳にならないと心は持たないといわれてきましたが、実はもっと早い段階から心を持っているのではないかと主張する研究者もいます。なぜ指さしがあるのかということが分かれば、なぜ人間は人間なのかというところに、答えの一つがあらわれるかもしれません。指さしはいま、世界でも注目されている現象なのです」
心や言葉は、ヒトとサルの大きな違いだ。人間を人間たらしめる謎の手がかりは、確かに指さしにあるのかもしれない。その謎を追って、先生は今後も指さしの研究を続けていくと言う。
講義では、指さしのほかに母子関係などについても話をしているという岸本先生。動画を多用し、できるだけ「生」の様子を伝え、楽しいだけではない現実の母子関係を見せていると言う。
「自分の妻を見ても思ったのですが、育児は一筋縄ではいきません。虐待のニュースなどは行き過ぎた例ですが、それくらい苦しいことも多くあります。だから現実を知り、優しい目で母親や子どもを見られるような学生になってほしいと思いますね」
そんな先生のもとで卒業論文を書く学生たちは、やはり観察や実験など、生身の子どもを見ることを基本としている。
「肌で感じることは重要で、教科書を読むだけの研究とは全く違います。学生たちは施設や一般家庭を実際に訪れて、道徳性の発達や、善悪の判断がいつごろからできるかなど、とてもいい論文を書いて卒業していきますよ」
子どもの発達や母子関係の研究と一口にいっても、学生たちはそれぞれの視点でさまざまな研究テーマを選び出していく。先生は授業を通して、彼女たちに何を伝えたいと思っているのだろうか。
「自分が、育児支援の担い手になるということを意識するようになってほしいですね。母親になる・ならないに関わらず、成人になれば誰もが子どもを守る側の立場の人間になります。直接子どもに関わる職業に就くこともあれば、一般企業に勤めたり日常生活を送ったりするなかで、間接的に関わることもあるはずです。誰もが育児支援の担い手なのだという意識を持って、広い意味で子どもに優しい社会を作っていってほしいですね」
先生自身、指さしの研究をとおして子どもの存在を見直し、育児の大変さを認識してきた。言葉は話せなくとも心は確かにあるのだと、研究のなかで知ることで、子どもに対する意識や関わり方は変わっていくに違いない。
そしてもう1つ、先生が学生に伝えたいことがある。それは、「想像力」を使うことの大切さだ。
「研究の際、私は必ず比較することを意識しています。サルと人の違い、環境の違い、文化の違いなど、何事も比べてみないと分かりません。つい人間は、自分たち中心で物事を考えがちですが、ほかの動物と比べてみると、意外に優れた部分が同じだったりします。だから、何事も自分中心に考えず、想像してみようと言うようにしています。できるだけ相対化して、比較して、客観的に空から自分を眺めるような気持ちで、広くものを見られるような人間になってほしいなと思いますね」
常に比較を意識していれば、相手の気持ちを想像したり、自分以外の生活を想像したりすることにつながる。そして、想像力を働かせれば、俯瞰的な見方につながっていく。
「それが、優しくなるための第一歩かな、なんて思います」
そう語る言葉の端々から、岸本先生ご自身の優しさが伝わってきた。