聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 「持続可能な開発のための教育(持続発展教育:ESD)」、国際理解教育、多文化共生社会と教育、オルタナティブ教育、ホリスティック教育など。 |
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著書 | : | 『オルタナティブ教育:国際比較に見る21世紀の学校づくり』新評論、2005年 『持続可能な教育社会をつくる』(日本ホリスティック教育協会:吉田敦彦・菊地栄治との共編著)せせらぎ出版、2006年 Alternative Education: Global Perspectives Relevant to the Asia-Pacific Region. Springer. 2007 『持続可能な教育と文化:深化する環太平洋のESD』日本ホリスティック教育協会(永田佳之・吉田敦彦)編、せせらぎ出版、2008年 「ポスト・ネオリベラルな時代の教育の行方:「サスティナビリティ」を手がかりに『比較教育学研究』日本比較教育学会編『比較教育学研究39号』、2009年 |
『こんな夜更けにバナナかよ』
著者:渡辺 一史
出版社: 北海道新聞社
この本は筋ジストロフィーの患者と、その身のまわりの世話をするボランティアの若者たちを描いたドキュメントなのですが、世話をされる側の患者がものすごくわがままで、それを自らの権利かのごとく主張するのです。タイトルはそのわがままぶりを表したもので、ぐちゃぐちゃなリアリティを通して、ボランティアって何なんだろう、と問わずにいられなくなる作品。人が人を助けるとはどういうことなのかという本質的な問いについて立ち止まって考えさせてくれる一冊。福祉分野のボランティアに興味のある人のみならず、国際協力に関心のある人にも是非、読んでもらいたいと思います。
研究室のスタディツアーで作成した冊子。ラオスやタイ、オーストラリアなどで学生と毎年、フィールドワークを重ねている。
大学時代は英語学科で英語教員をめざしていたという永田佳之先生。教職で「教えるための方法論」を学ぶうち「教育」そのものに興味を抱き、卒業を目前にして大きな方向転換を決意する。きっかけは1冊の本だった。
「イギリスで独自の教育システムを実践している『サマーヒル』というフリースクールの本なのですが、とにかく大きなインパクトを受けて。結局、決まっていた教員の採用も蹴ってイギリスのサマーヒルへ片道切符で向かいました」
もちろん先方には何のつてもなく、当初は学園の敷地内でテント生活をしながら、居候をさせてもらっていたという永田先生。結局、その熱意を買われ、“憧れのサマーヒル”で教員として働くチャンスを手にする。
「憧れの学校で働ける喜びはありましたが、同時に現実も見えてくる。世界で一番自由な学校でありながら、子供たちはすごく不自由に見えたり、そういう姿を目の当たりにしてもう一度、子供の育成や教育に関する根源的なアプローチをあらためて勉強したいと思いました」
約1年半のサマーヒル時代を経て帰国した永田先生はそのまま大学院の教育学研究科へ進学。そこでまた大きな転機が訪れる。
「実はサマーヒルで働いていた時、タイで独自のフリースクールを運営している人たちが見学に訪れ、その学校にすごく関心を持ったんです。それで大学院時代にタイを訪問し、彼らの学園に滞在していたのですが、その学園はユネスコの支援する孤児の学校でした。それがユネスコとのコネクションを持つきっかけになりました」
その後、永田先生は研究の傍らさまざまな国際活動に参画し、大学院を出てからは日本国内のユネスコ協同センターの研究者として約12年間にわたり、アジア地域の教員養成やカリキュラムの構築、平和教育や国際理解教育の推進に携わる。そこで築かれたアジア・太平洋地域や欧州、そして南米の強固な人的ネットワークが永田先生の大きな財産であり、他のどこにもない永田研究室の持ち味にもなっているようだ。
先生が編集した
国際会議の英文報告書と
『持続可能な教育と文化
―深化する環太平洋のESD』
せせらぎ出版
先生が編集した
『持続可能な教育教育社会をつくる
―環境・開発・スピリチュアリティ』
せせらぎ出版
3年次のゼミは4年次に研究室で取り組む卒業論文のプレトレーニング的な意味合いも強いが、永田研究室ではしばしば4年生を3年ゼミに参加させ、刺激的なディスカッションの機会を設けることもある。自身のコネクションをフルに活用し、国際会議のアテンドやアジア地域の調査活動、研究室独自のスタディツアーなど、希望すれば学生自身が国際的な活動に参加できるチャンスが豊富な点も研究室の大きな特色だ。
「やはり教育への興味が私の原点ですから、ゼミの学生を育てることにもすごく関心があります。できれば聖心女子大学の第一期生の緒方貞子さんのように、国際的に活躍できる人材を育てていきたいですね」
その意識の表れが積極的に大学院への進学を推奨していること。
「修士課程まで進んだ学生には、国際機関を含めて国内外のフィールドで活躍できるだけの力をつけて送り出したいです。何かやりたいことを見つけたいとか“自分探し”とか、そういうのはダメ(笑)。国内外で活躍するための足腰をしっかり鍛える、という意味では要求も厳しいですよ」
研究室で取り組むテーマは、サマーヒルに代表されるフリースクールや永田先生が大学院時代に訪れたタイの自由学校、村人が自力でつくったボリビアの土の学校、オーストラリアのシュタイナー学校など、さまざまなスタイルで実践される『オルタナティブ(もう一つの)教育』。2001年に起こった「9・11同時多発テロ」に象徴される民族間の“溝”をふまえて異質な他者の理解を試みる『国際理解教育』。そして今年(2009年)、中間年を迎えた「国連・持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」(2005-2014年)のさまざまな取り組みへの貢献をめざす『ESD(持続可能な開発のための教育)』。これらの他、3年ゼミでは広尾界隈でフィールドワークを試みたり、横浜のイスラム寺院でのインタビューを実施したりしてきた。こうした永田研究室がフィールドワークとプロジェクトベースの活動を重視するアクティブな集団なのは明らかだろう。
先生が著作・編集した書籍
『自由教育をとらえ直す
―ニイルの学園 = サマーヒルの実際から』
(著作)世織書房
『オルタナティブ教育
―国際比較に見る21 世紀の学校づくり』
(著作)新評論
『国際教育協力を志す人のために
―平和・共生の構築へ』
(編集)学文社
永田先生と研究室のさまざまな取り組みを通して気がつくのは、「教育学」の研究の多くが、当然ながら個々の児童・生徒の内面を扱うものであるのに対して、永田先生と研究室のさまざまな取り組みを伺って気がつくのは、その視線の先は家庭や学校を含む大きな社会システムにあるということだ。ひとことで言うと、永田先生の問題意識は常に子供たちの属性である学校や社会へ向けられているのだ。
「私の関心・研究の中心は、人と人、人と社会の関係性です。研究室のプロジェクトとして社会的な活動を重視しているのもそういう背景があるからですし、その意味では“社会学的な研究室”と言えるでしょう。『問題の子供はいない、問題の親と学校があるだけだ』という言葉もありますし、楽観的かも知れませんが、私たちの目標は教育を取り巻く社会的な構造を編み直していくことです」
そんな永田先生が今、最も関心を持っている研究テーマは「アジアならでは、日本ならではのサスティナブル・スクールやコミュニティ」のあり方だ。
「今、欧米では『環境の学校』などさまざまなスタイルのサスティナブル・スクールの概念が唱えられていますが、大半がアジアの人々にとっては違和感があるように思います。ひとことで持続可能と言っても、風車をつけたり太陽光発電にしたから良いというものじゃない。やはり大切なのは中身であって、まず先生と生徒の人間関係がサスティナブルでなければいけないと思うのです。そうした内発的なものを重視する日本人の感性を踏まえて、日本ならではのサスティナブル・スクールのあり方を学生たちと一緒に考えたいですね」
それは、自らの体験を何より重視してきた永田先生らしい批判精神の表れと言ってもいいだろう。
「良いものを紹介されてもそのまま受け入れるのではなく、ちょっと違うのではないか、という疑問を持って欲しいですね。その意味では直感力や構想力も必要。そうした総合力を培うのは、やはり“現場”で“本物”に触れるフィールドワークだと思います」