聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 英語音声学・音韻論。英語音声と日本語音声との比較。日本人学習者による英語発音(特にリズムとイントネーション)の習得。 |
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著書 | : | 『大人の英語発音講座』英語音声学研究会著 生活人新書 |
左)『Alice's Adventures in Wonderland and Through the Looking Glass 』
著者:Lewis Carroll
出版社:Penguin Classics
右)『英語達人列伝―あっぱれ、日本人の英語』
(中公新書)
著者:斎藤 兆史
出版社:中央公論新社
文学作品としてあまりにも有名ですが、実は“ことば遊び”がふんだんに盛り込まれた作品としてもよく知られています。“音”の面白さは声に出して読んでこそわかります。是非英語の原文にチャレンジしてほしいと思います。
先生の共著書
『大人の英語発音講座』
(生活人新書)
著者:英語音声学研究会
出版社:NHK 出版
聖心女子大学の英語英文学科出身の杉本淳子先生が大学院で「音声学」について研究しようと思ったきっかけは、授業などでネイティヴスピーカーの英語を聞くたびに抱いた「どうしたらうまく真似ができるのだろう」という素朴な疑問。
「スタートは『自分がうまくなりたい』なのですが、もともと言語学に興味はありましたし、ずっと英語を学ぶ中で、抑揚やイントネーションの違いで意味が変わったりする言葉の“音”にすごく面白味を感じたのです」
英語の発音と言えば舌を丸めるRや舌先を上の歯に近づけるTHなどがすぐに思い浮かぶが、杉本先生が対象とするのはそうした一つ一つの音ではなく、いくつかの単語が並んだ文章や発話のリズムやイントネーション。確かに、フランス語にしてもドイツ語にしても、耳にした時に感じるのは単語の違いというより“言葉の流れ”だったりする。
「英語の場合、文字で書かれた文章は読めても、実際に発音されたものを聞くと、音がつながったり消えたりして、学習者には聞き取れず、意味がわからなくなることがあります。音は勝手に消えたり変わったりするのではなく、そこにはルールがあります。どういうルールがあるのかを明らかにすれば、ノンネイティヴでも“英語らしい発音”を聞いたり話したりしやすくなる、というのが一つの仮説。もちろん日本語と同じく英語にも“例外”がたくさんあってなかなかルールは見つかりません。それが言語学・音声学の難しさであり、面白さでもありますね」
と語る杉本先生によると「音のない言語はない」。グローバル社会の中で自分の意志を正しく伝えようとするなら、論理的に組み立てた自分の意見を、“音”にして口から出すのが一番なのだ。
中学・高校の英語教育というと「受験英語」か「英語コミュニケーション」か、という二極分化の傾向が強く、英語そのものを研究する“言語学・音声学の面白さ”に触れる機会はほとんどない。だからこそ言語学・音声学の科学的アプローチは大きなアピールポイントでもある。大学は本来、社会科学、自然科学、そして人文科学のいずれかを選び“科学する場”なのだ。
「客観的なルールを見つけるという作業はそれ自体が“科学”なのです。英語のスキルは日常生活で役立つだけでなく研究を進める上で不可欠なものですし、英語英文学科では英語力の養成に努めています。高校生の皆さんには、英語のスキルだけを学ぶのではなく『英語を使って何ができるか』という視点を持って欲しいですね」
そんな杉本先生が今、最も関心を持っているのは日本語にない“英語らしいリズム”のメカニズムを解明していくこと。
「英語には独特な“強弱”のリズムがあって、弱い部分はわりといい加減に発音されています。この弱い部分が日本人にとってはとても発音しにくく聞き取りにくいのですが、逆にそのルールを見つけて理解すれば、ちゃんと発音し聞き取るためにはどんな工夫が必要かわかりますよね。当面の課題は“らしい発音”を日本人が身につける近道を見つけること。最終的な目標はそのメカニズムを一般の人たちが使える英語教材や教育プログラムにフィードバックしていくことです」
杉本先生によると、英語を話す人間は今、ネイティヴよりもノンネイティヴの方が多い。つまり、英語を母語としない者が“学んで身につける”ケースが圧倒的に多いということ。「ノンネイティヴが苦労なく英語の発音をマスターできる仕組みづくり」はある意味、きわめてメジャーな研究にとって変わる可能性を秘めているのだ。
実際にゼミに所属するのは3年次から。まずは卒業論文の執筆に必要な基礎的知識やスキルを身につけ、少しずつ自分自身の興味・関心を絞り込んでいく。4年次の卒論で取り組むテーマは原則、“音”にかかわるものなら何でも自由に選べる。
「テーマについては自分で発見し選ぶことが最も重要だと思っています。こういうのが面白いですよ、と与えるのは簡単ですが、やはり何事も自分自身の“クエスチョンマーク”から始めないと意味がありませんからね」
方法論は学生により異なるが、“音”についての研究が中心となるだけに、テレビ番組や映画、あるいはスピーチやインタビューなど、実際の音声を集め、分析することを積極的に推奨しているのも杉本先生のこだわりだ。
「言語学・音声学はある意味、すごく理屈っぽい分野でもあります。先ほどルールも例外が多いので見つけるのは大変と言いましたが、考え方を変えると“例外になるルール”を探すこともできる。いろいろな角度から筋道を立てて、論理的な考察を積み重ねていく、まさに“論が立つ人間”に育っていくのも言語学・音声学の魅力だと思います」
近年では眼に見える資格やスキルが重視され、受験生の関心を集めているが、だからこそ、その価値が見直されているのは人文系学部ならではの“論理的思考力”だ。
「将来、何の役に立つの? と訊かれたら、確かに言語学・音声学が直接仕事に役に立つということはなかなかないでしょうね(笑)。でも大学は本来、役に立つか立たないかなんて考えず、興味や関心に従って何かに取り組み、自分の幅を広げる場であるはずです」
「言葉はいつも身近にあるものだから、きっと何かのプラスにはなると思います」という杉本先生の言葉はかなり本質をついている。