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史学科「ヨーロッパ現代史I」学外研修の報告
史学科では「ヨーロッパ現代史I」の受講生を中心に希望者を募り、10月28日に新国立劇場にて演劇『レオポルトシュタット』を観覧しました。
タイトルになっている「レオポルトシュタット」はハプスブルク帝国期のウィーンでユダヤ人が多く居住する区域でした。この劇に登場するユダヤ人一族メルツ家の祖先もここで仕立て屋を営んでいましたが、その後の世代は実業家として成功し、高級住宅地に住居を構えています。しかしオーストリアがナチ・ドイツの支配下に入ると、ユダヤ人たちはレオポルトシュタットのゲットーに集められ、そこから強制収容所に送られてホロコーストの犠牲となったのです。この演劇の作者であるトム・ストッパードはイギリスを代表する劇作家の一人ですが、1937年にチェコスロヴァキアでユダヤ系の家庭に生まれ、ナチの侵攻直前にシンガポールに逃れて九死に一生を得た人物です。その後イギリスに移住して劇作家としての地位を築きましたが、50代になって初めて自分がユダヤ系であり、親族の多くがナチの犠牲となったことを知り、この戯曲を執筆しました。
劇中では1899年、1900年、1924年、1938年、1955年という5つの時代が描かれ、登場人物たちも年齢を重ね、世代交代していきます。脚本だけ読むと複雑な印象でしたが、俳優陣の熱演、そして本学の卒業生であり新国立劇場の芸術監督を務める小川絵梨子氏の巧みな演出により、意外なほどわかりやすく、また生き生きとウィーンのユダヤ人の歴史が語られていました。
以下、参加学生の感想をご紹介いたします。
・楽しく、和やかな雰囲気から一転、家族が引き裂かれ、ほとんどの人が収容所で死んでしまう残酷さに震えました。最後の場面では涙が溢れました。
幕が降りたあと、しばらくもの凄い衝撃を受けて何も考えられなくなりました。ユダヤ人家族がナチ党員に引き立てられていく場面や、淡々と死因を述べる最後の場面が特に印象に残りました。
・授業でホロコーストについて学んできましたが、『レオポルトシュタット』はユダヤ人家族の立場に立って、迫り来る恐怖を感じながら観劇できた貴重な経験でした。ユダヤ人は周囲から差別的な視線を向けられ、偏見の中で生きてきた人々だと思いますが、舞台では宗教に関係なく、家族のつながりを大事にするごく普通の人々が描かれており、ナチがいかに残酷だったかを痛感し、失われた命の尊さを実感しました。
・『レオポルトシュタット』を観劇し、ユダヤ人として様々な困難に直面しながらも懸命に生きる一族の姿に心を打たれました。特に第5幕(1955年)のローザ、ナータン、レオの会話が印象に残りました。幼い頃オーストリアからイギリスに逃れたレオは、かつてのトム・ストッパードと同様にユダヤ人であるという自覚のない青年ですが、おぼろげな記憶や家族の証言によって、彼はローザやナータン、そして亡くなったメルツ家、ヤコボヴィッツ家の人々と再び繋がったようにみえました。ローザが家族の死因を淡々と述べる場面は衝撃的であり、最後に描かれる繫栄していた頃の一族の姿は哀れを誘いますが、遺された人々が彼らのことを思い起こすことで、かすかな希望が感じられたように思います。観客として2時間20分の間、半世紀に渡る家族の営みを目撃し、最後には彼らと共に生きてきたかのような感覚すら覚えました。
(史学科 准教授 桑名映子)