聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 日本中世史 |
---|---|---|
主要論文 | : | 「准摂関家としての足利将軍家〜義持と大嘗会との関わりから」 (『史学雑誌』一一五の二 二〇〇六) 「足利義持と後小松「王家」」 (『史学雑誌』一一六の六 二〇〇七) 「足利義教と義満・義持か〜朝廷行事における行動の分析から」 (『歴史学研究』八五二 二〇〇八) 「義詮期における足利将軍家の変質」 (『鎌倉遺文研究』二九 二〇一二) |
『海の武士団 水軍と海賊のあいだ』
(講談社選書メチエ 二〇一三)
著者:黒嶋 敏
出版社:講談社
これは、中世の海を舞台とした「水軍」と「海賊」について書かれた本です。水軍は海で戦う軍隊のこと。一方の海賊はならず者集団というイメージがあると思いますが、実際はそう明確に分けられるものではなかったのです。たとえば海賊が水軍として雇われることもあり、立場は臨機応変に、ややあいまいな“海のローカルルール”によって変わることもありました。みなさんが幼い頃、ゲームのルールを変えながら遊んだのと同じようなことといってもよいでしょう。とはいえこれは荒くれ者が闊歩した中世のお話。無法者のロマンが好きな方、『ワンピース』が好きな人にもおすすめです。
石原比伊呂先生の専門分野は日本中世史。おおむね源平合戦から関ヶ原の合戦まで。鎌倉時代や室町時代については中学や高校でも一通り教わるが、大学での学びはひと味違う。
「私自身、大学で初めて本当に歴史のおもしろさを知ったといえると思います。大学での歴史は、何が起きたかではなくて“なぜ起きたか”を考える学問なのです。もちろん、いきなりそれを自分で考えてみなさいと言われても無理です。いろいろな背景を調べて、それをつなぎ合わせながら“なぜ起きたか”の要因を探っていく……そうした考え方の手法を身につけていくことが楽しかったのです」
研究の手法は、ひたすら史料を集めることから始まる。たとえば足利義満について調べるならば、高校までの勉強なら現代の人が足利義満について書いた書籍を求めるレベルでかまわない。しかし、“研究”となるとそうはいかない。
「大学で卒業論文を書くなら、たとえば日記や書簡など当時の人が書いた文献にあたることが必要です。そうした一次史料に目を通して、新しい発見や、あるいは自分なりの新解釈を述べることができないと論文とはいえないからです」
気の遠くなるような作業に思えるが、それだけに納得のいく論文が書けたときの喜びはひとしおだ。
「最初は、この史料とこの史料から、こういうことが言えそうだと仮説を立てることから始まります。数少ない史料では確信が持てませんから、さらに裏づけとなる史料を探し始めたとき、望んでいたような史料に立て続けに行き当たることがあります」
先生の授業で使用する史料の一つ『師郷記』
それはまるでパズルが完成していくときのようだと、石原先生は目を輝かせて語る。単なる偶然ではなく、たとえ手元にあるのは少ないピースでも、こういう絵ができるのではないかと想像する力、それがどこにあるか推測する力がついてくるのだという。
「とはいえ、画期的な論文を書けたとしても、そこが終着点ではないのが歴史学の醍醐味でもあります。ほかの人が論文を読んで、またその人なりの論をもって批判してくれたら、また一歩この分野の研究が進んだということになるわけです」
歴史学において、常に絶対的に正しいといえることはない。たとえば時代によって歴史観が変われば、過去の歴史の読み方も変わるということさえある。
「自分の論文が評価されればもちろんうれしいですが、異を唱える人が現れるのは、そこに興味関心が集まっている証明でもあります。大きい視点で見れば、そのほうがうれしいことかもしれません」
「私は大学に入ってから中世史に興味を持って専門にしましたが、聖心女子大学ではあらかじめ“これがやりたい”という目的を持っている学生も多いと感じます」
石原先生が学生とコミュニケーションを交わしていると、近年はゲームやアニメがきっかけで日本史を好きになった学生が目立つという。
「特に『戦国BASARA』というゲームの影響で、真田幸村、伊達政宗の人気が高いです。入口はなんでもいいのです。何かひとつ強い興味があると話は早いですから、おおいにけっこうだと思います」
4年次のゼミでは、それぞれにテーマを決め、正しい歴史学の方法論で研究を深めていく手法を教わる。まずは史料を探し、論じたいことの根拠を集める。
「これは時間はかかりますけど、難しくはありません。根気があればだれでもできます。持続するには、自分の好きなテーマを選ぶことが大事ですね。そして、先行研究からはみ出すような独自の考えが少しでもあれば世に出せるレベルの論文になります。先行研究のたった1行でも覆せたら立派なものです。そこを目標にしてほしいです」
楽しみながら、高い目標を持って学びに取り組んでほしいと願う、石原先生の熱い気持ちが伝わってくる。
「指導の上で重視しているのは、集めた根拠から自分の意見を言う習慣をつけさせることです。これは社会に出たときにも役立つ技術でしょう」
どんな仕事に就いたとしても、必ず意見や発信することを求められるだろう。そのときに確たるデータがあれば、しかもそれが自分が見つけた根拠によるものであるほど説得力は増すものだ。
「私が日々心がけているのは、研究者として若々しさを保つことです。自分の意見に自信を持ちすぎると視野が狭くなりますし、研究も自分の得意なことに偏ってしまう。いつまでも自分が学生だったときの気持ちを忘れずに、研究に向き合っていきたいと思います」