聖心女子大学の奥行きを知る
研究者として横顔をご紹介するとともに、研究の意義や楽しさを語ってもらいました。聖心女子大学の魅力をより深く知るために役立てていただきたいと願っています。
研究テーマ | : | 主に視覚に関する認知心理学 |
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著書 | : | 『認知心理学:知性のメカニズムの探求(心理学の世界・基礎編3)』(共著)培風館 『絶対役立つ教養の心理学:人生を有意義にすごすために』(分担執筆)ミネルヴァ書房 『ことばの実験室:心理言語学へのアプローチ』(分担執筆)ブレーン出版 |
『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)
著者:吉野源三郎
出版社:岩波書店
主人公の中学生「コペル君」と、彼の精神的成長を見守る大学生の「おじさん」の物語です。勉強がつまらない、何のために勉強をしているのかがわからないと思ったら、ぜひ読んでください。また、何年か経ったら読み返してみてください。
永井淳一先生の研究室には、サルバドール・ダリの絵画『幻覚剤的闘牛士』のポスターが飾られている。学会でアメリカのフロリダ州を訪れた際に、セントピーターズバーグのダリ美術館で実物を見て以来のお気に入りだという。シュルレアリスムの代表的な画家として知られるダリは、いわゆる「だまし絵」の手法を得意とし、一見した時には背景にしか見えなかった部分をよく見ると、人の顔が隠されていたり、ダルメシアン犬が現れたりする。これは、永井先生の専門である「認知心理学」に関係が深い。
「認知心理学では、心というとらえどころのない対象を、実験という科学的なアプローチによって調べます。その中でも私が専門にしているのは『視覚』、すなわち、ものを見るという心の働きや仕組みについてです。人間の視覚は、外界を写し取るという点ではカメラに似ていますが、比較にならないほど高性能で、驚くほど不思議な性質を持っています」
たとえば、「だまし絵」や「目の錯覚」が成立するのも、この視覚機能の性質ゆえである。ただ「写し取る」のではなく、「絵のある部分に注意を払う」という情報処理が行われているからこそ、絵をさまざまな視点で見ることができるのである。同じものを見ても、時と場合によって違ったものに見えるというのは、考えてみれば大変なことである。
「さらに言うと、視覚は、独立した心の働きではありません。ものを見るという働きは、見たものに意味や名前をつけたりする言葉の働きや、前に見たものを思い出す記憶の働きともつながっています。さまざまな人間の心の働きが互いにつながっているところに、研究のおもしろさと難しさがあります」
そうした「心の働き」を、実験データに基づいて論理的に解明していこうとするのが認知心理学という学問であり、心理学の中でも、特に科学性、論理性が重視される分野である。
先生の著作『認知心理学:知性のメカニズムの探究(心理学の世界・基礎編3)』培風館
大学時代に出会って以来、永井先生が認知心理学における視覚の研究に興味を持ち続けている根幹にあるのは、「常に素朴な疑問を持ち、優れた研究に感動すること」だという。
「目の錯覚によって止まっているものが動いて見えたり、絵が違って見えたりするでしょう。そうした時に『不思議だな』と驚き、『どうしてなんだろう』と思う……その最初の感銘を忘れないことが大切です」。学問とは、「問うことを学ぶこと」であり、「わからないけど、そういうものなのだろう」と思ってしまったら、学問は始まらないのである。
「ですから、学生にもなるべく好奇心を刺激するような、いろいろなデモンストレーションを見せるように準備しています。研究室にダリの絵を飾ってあるのもそのためです」
「そして、何より私は、あざやかな実験を行い、その結果を明快に説明して理論化することの素晴らしさに、ひかれ続けているのだと思います。最近、認知心理学の教科書を書く機会をいただきました(写真を参照)。執筆にだいぶ時間がかかってしまったのですが、優れた研究を行ってきた先達へのリスペクトを込めて書かせていただきました」
「心」というとらえがたいものを扱う実験は、繊細に行われなければならない。実験参加者が先入観などによってミスリードされないように、また、同じ実験を他の研究者が行っても同じ結果が得られるように(これがなかなか難しいのであるが)、細心の注意を払う必要がある。もちろん、データの数も1人や2人ではなく、大勢の人数を調べることが必要だ。根気のいる作業を重ねてデータを蓄積し、結果をもとに因果関係を導き、「心の中で何が起こっているのか」を推理していくのである。
先生の著作『絶対役立つ教養の心理学:人生を有意義にすごすために』ミネルヴァ書房
私の場合、研究者を志したというより、成り行きでそうなったと言うしかありません。とにかく、大学の時に出会った視覚を扱う実験演習が、とてもおもしろかった。『一生懸命に取り組むほど、勉強はおもしろくなり、自分からやりたくなるのだ』ということを、その時に強く実感しました」。もっと勉強したいという思いに突き動かされて、大学院へ進学し、今まで研究を続けてきた。
「一口に視覚と言っても、たくさんのテーマがあります。たとえば、色を見る働きと、単語を見て判断する働きは異なりますので、研究を行うには焦点を絞る必要があります。過去の研究をよく調べ、『この現象について調べる』というテーマを決めて、具体的な実験を考えていくことになります」
「自分の中で新しい研究を始めるには、思いつきも大事ですが、ほかの方の書かれた論文を読むことが重要ですね。過去にどんな研究が行われているのかを知らなくては始まりません。大げさな言い方をすると、研究では、これまで人間が積み重ねてきた知識に新たな何かを付け加えることが必要で、そこに“勉強”との違いがあります。学生が卒業論文で自分の研究を始めるときには、それまでやってきた勉強を、いかに新しい研究へとつなげていくかが難しいところで、試行錯誤が必要ですね」
指導を行うゼミ生とは、十分にディスカッションを重ねて、学生自身が熱意を持って取り組めるようなテーマをともに探すことに力を入れている。
「本人がその現象をおもしろいと感じ、実験結果を分析していくことにワクワクするような気持ちを持つことが、研究の原動力となります。『絶対役立つ』というタイトルの本を書いておきながら(写真を参照)このようなことを言うのもどうかと思いますが、そもそも、認知心理学の研究は、日常生活や社会にとってすぐに役に立つかと問われても答えにくいところがあります。ですが、この学問が何の役に立つとか、立たないとかいう考え方を捨てて、まずは新たな知識に触れる喜びに没頭してほしいと思います。そのような経験ができるのは大学ならではですし、どのような形で何の役に立つかは、後になってみなければわかりません」